7話 空白の日記
ぼんやりとする頭でゆっくりと目を開けると、眩しい光と白いカーテン、そして天井が見えてきて自分が仰向けで横になっているのが分かった。
「大丈夫かい?」
光を受けてキラキラと輝く金髪と青い瞳に何度見ても驚く程に美しい顔が目に入る。
クリスチアンが「目が覚めてよかった」と美しく微笑む。
周りを見渡すとフレデリクとレオンもわたしが目覚めるのを待っていてくれたようだ。
「もう式典は終わってしまいましたが、貴女の代わりは私が務めましたのでご心配なさらず身体を休めてください。」
「フレデリクはエマに役割り取られて悔しがってたからちょうど良かったんじゃねーの!」
「冗談はやめてください。」
フレデリクは背中をバシバシ叩いているレオンの手を叩き落とす。
「えっと……ご迷惑おかけしました。」
「いいって気にすんなよ!お前一人運ぶのなんてどうってことねぇーし羽根みてーに軽かったからさ!」
ニカッと笑いながら答えるレオンにまた視界がボヤけていくのを感じる。
―――「お前、羽根みてーに軽いのな!」
ゲーム序盤でよろけた主人公をレオンが抱き起こした際に言ったセリフだ。
また遠くで話し声が聞こえる。
頭がぼやぼやしてくる。
この世界でのわたしは、ただのモブ。
どんなに努力したところで、主要キャラにはなれない。
ぼんやりする頭でも取り敢えず先生方に無事だった事の報告をしなければならないという事を聞き取れた。俯いていると視界にくすんだピンク色の髪の毛が見える。
フラフラとした足取りのまま教員室を見つけ挨拶を済ませ、ハサミを借りて、また校内を目的もなく歩き回る。
いつの間にか外に出ていたようで、芝生の上に崩れる様に座り込む。俯くとハラハラとくすんだピンク色の髪の毛が視界に入る。
自分の髪の毛をひと房つかみ取り
バチン!とハサミで切り落とす。
わたしは主人公じゃない。
伸ばしてた髪に意味なんてなかった。
勝手に他人の人生を勘違いして
滑稽にもこんなところまで来て
みんなを巻き込んで、迷惑をかけて
バカみたいだ……
ポロポロと涙が零れる。
とつぜんなにもなくなってしまった
もともとわたしにはなにもなかった
「おい」
不意に声をかけられ反射的にバッと顔を上げる。
そこに居たのは長い銀髪で顔を隠したクロヴィス・クロードだった。
彼はクリスチアン・クリフォードの隠された双子の弟で、クリスチアン攻略時のイベントでその真実が明かされ、無事エンディングを迎えると2週目から攻略できるようになる隠しキャラだ。
王族であるクリスチアンの双子の弟であることを隠すため前髪で顔を覆っている。
ゲームをプレイ中は全く気にしたことなんてなかったが、これで隠してるつもりなのは無理がある。すぐバレる。立ってるだけでイケメンオーラが凄いし只者じゃない雰囲気がムンムンだ。
分かっていた事だけど、ここでクロヴィスに出会ったということは本当にわたしはこのゲームの主人公じゃないんだ――
「それ、そんな所に捨てるなよ。持って帰れ。」
前髪で表情はよく分からないが、切り離されたわたしの髪を指差してぶっきらぼうに言葉を発する。
それに対してわたしは無言でこくん、と頷く。俯いたままでいると足音が遠ざかっていく音が響く。
足音が聞こえなくなってからわたしは切った髪の毛とハサミを持ってフラフラと女子寮へ戻る事にした。
部屋に入ると目の前に勉強机とノートが目に入った。
これがセーブファイルだと、毎日必ず日記をつけると、そんな事を決めた日が、何だかもう遠い昔のように感じる。
こんなノートに日記をつけるのがなんだって言うの……
バカみたい……
今朝書いた、今日の日付が書いてあるページに綴られた浮かれた言葉を見て、またポタポタと涙が零れる。
のろのろとベッドに向かうと掛け布団を頭までスッポリ被り、その暗闇の中に座り込む。
ジャキン、ジャキン、と音を立てて髪の毛が切り離されていく。
その度に、涙と一緒に心の中から何かが無くなっていくような感覚に襲われる。
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