3話 旅立ちの日に
「お父さん、お母さん、いってきます。」
王立学院への入学が決まり、迎えの馬車の前で両親への簡単な挨拶をする。
「おめでとう、エマ。とても誇らしいよ……」
入学許可通知の書簡が送られてきてからもう何度目か分からないセリフをお父さんが震える声で伝えてくれる。
「エマっ私達じゃ何もしてあげられないけど……エマ……っ!」
お母さんは昨日からずっと泣き通しで真っ赤に腫れた目から涙を零して声を振り絞る。
「お母さん泣かないで……それにわたしが入学できたのはお父さんとお母さんが沢山支えてくれたからだわ」
「エマ……っ」
泣きながら俯いてしまったお母さんをそっと抱き締めると、さらにボロボロと涙が零れる。抱き合うわたし達の上からお父さんが強く抱き締めてくれる。
お父さんもポロポロと泣き出してしまった。
「アルバオジサンもイジーオバサンも安心してよ。学院に着くまでエマの事はちゃんとオレが守るからさ」
「ドニ!」
声がした方に視線だけ向けると幼馴染のドニが呆れたように短く切られた栗色の頭を搔いている。
「ドニもエマもこんなに立派になって……」
お母さんは今度はドニに抱きついて泣き出す。
「ハハッほんとオバサンは涙脆いなぁ」
そう言ってドニは人懐っこい顔で栗色の瞳を細めながら笑う。
少し離れたところからドニの父親のダニーさんと兄のデニスさんが歩いてくる。
「頑張ってこいよ、ドニ」
「自警団の方も心配いらないからしっかり学んでおいで。」
「親父も兄貴もありがと!」
わたしの家族とは対称的にドニの家族は至って平静だった。
両親の抱擁から解放され、こんな辺境の村には不釣り合いなほど豪華な馬車に乗り込み王都へ旅立った。
「辻馬車でも5日かかる道を王都の馬車だったら2日もかからないんだもんなぁホントにエマのおかげ!それにこんなに豪華な馬車一生乗れなかったよ!」
向かいに座ったドニが嬉しそうに笑いながら外を眺めている。
わたしが王立学院の特進科に選ばれた事で、特別に王都から迎えの馬車を用意してもらえた。
ドニも騎士科に合格していたので、こんな大きな馬車に一人で乗っていくのもおかしいし、入学式の1日前に到着する馬車に同乗してもらった。
「ドニが一緒の学院に通えてお父さんもお母さんも安心してると思うわ」
「ん?ゴメンなんて言ったんだ?」
ガタゴトと大きな音がなる馬車の中で声がききとれなかったのか、ドニは揺れをものともせずスっとこちらに移動してきて隣にストンと腰を下ろす。
「ドニが一緒でお父さんもお母さんも安心してるって言ったの」
小さい頃はいつも当たり前だった距離が、学院の入学の為に忙しくしている間に段々と疎遠になってしまっていたので、ドニとのこの距離感が懐かしくなり少し微笑みながら、顔を寄せて先程と同じセリフを繰り返す。
ドニは照れた様な人懐っこい笑みを浮かべる。
「エマだけじゃなくてオレの事みても泣き出すんだからさ、オバサンはほんと昔から涙脆いんだよなぁ」
「お母さん、ドニからまた母ちゃんって呼ばれたがってたよ」
からかう様にそう伝えると、ドニは少し苦いような表情をして馬車の外に視線を逸らしながら頬をかく。
ドニの母親はドニを出産した時に亡くなっており、わたしのお母さんが同じ時期に出産していたのでドニの父親のダニーさんに一人も二人も変わらないから!と押し切って、ドニとわたしは幼馴染というよりは兄妹のように育ってきた。
わたしのお母さんは普段はのほほんとおっとりしているのにいざと言う時の思い切りがすごい。
そんな背景もあり小さい時にドニはわたしのお母さんの事を“母ちゃん”と呼んでいたのだが、いつの頃からか“オバサン”と呼ぶ様になりお母さんが悲しんでいたりもした。
小さい頃の出来事を持ち出したから、もしかして気不味くさせちゃったかな?
「あーえっとー、王都って言えばダンテ師匠は元気かな?」
やはり気まずかったのかドニは話を逸らす。
ダンテ師匠とはドニとわたしの剣術の師である。
村で自警団をしているダニーさんの昔の知り合いで王国騎士団に所属していたが個人貴族の護衛騎士になるらしく、その就任までの間だけ村に住込みで剣術の指導をしてくれていた。
わたしは体力作り程度だったがドニには剣の才能があったらしく、ダンテ師匠が王立学院への推薦状を書いてくれてドニは王立学院の騎士科へ入学が許可された。
「王都でも有名な騎士様らしいからどこに居るのか分かったら挨拶くらいはしたいね」
「ダンテ師匠にはすごい世話になったからなぁ
師匠に出会ってなかったら今オレここに居ないし」
そこでふと考える。
主人公の幼馴染と言えば乙女ゲームの攻略対象の定番ポジションではないだろうか?
でもラブメモにはドニはもちろん居ないし幼馴染も存在していない。
入学当日に校門を背景にして「小さい頃は悲しいことがあって大変だったけれど、村のおばあさんたちに優しく育ててもらって無事入学できた。」とテキストで表示されるので主人公は確実に一人で入学式を迎えている。
うぅーん?どういうことだろう……?
「エマ、またなんか難しいこと考えてる?
オレはエマが笑ってるの、その……可愛いと思う」
「ありがとうドニ」
ドニはいつもわたしが落ち込んでいると少し照れたように笑いながら可愛い、キレイだねと褒めてくれる。
おそらく早くに母親を亡くしたドニに父親のダニーさんと兄のデニスさんが女性は大切にしなさいと言い聞かせて育ててきたからだと思う。
なのでわたしもいつものように微笑んでお礼を口にする。
会話が途切れたところで丁度よく馬車がガタンッと大きな音を立てて停車する。
どうやら王都との中間地点にある今日の宿屋に到着したようだ。
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