8話 喧嘩はフリースタイルで


 海里に付き合わされて一頻り歌わされた俺は、歌い疲れて一度休憩をする。


「お疲れ様、お兄さん」

「う、うん」


 自然と柑奈さんの隣に座ってしまったが、意外と平気になって来たような。

 前までの俺だったら、嫌で避けていたかもしれないが、今はそんなに嫌じゃない。


 財布にされた一件があってからは女子が怖くて避けて来たけど、海里のおかげで少し歩み寄れたような気がする。

 ありがとう……海里。


「にやにや」


 俺が海里への感謝を心中で思っていると、海里がニヤニヤした顔で俺を覗き込んで来た。


「な、なんだよ海里」

「なんでもなーい! 次は何歌おっかなぁ」

「ええ〜、海里まだ歌うのー?」

「いいじゃん! 勉強で溜まったストレスをここで発散してやるんだし!」


 別にストレスの発散なら上の階にあるスポーツコートでもいいと思うが……。

 せっかくライワン来たのにカラオケだけってのは、もったいないよな。


「はぁ、ほんと海里ったら」

「ごめんな柑奈さん」

「あははっ、お兄さんが謝らないでくださいよ」

「いや、でも……」

「ほんと、お兄さんって良いお兄さんですよね?」

「そう、かな?」

「そうっすよ。お兄さんは妹想いですし、兄弟って毎日同じ家で暮らしてるから嫌気がさすことも多いと思うんすけど、それでもお兄さんは海里にそんな態度見せないっていうか」


 柑奈さんは一人で歌う海里の方を見ながら呟いた。

 嫌気……か。

 俺としては、あの二人に少しでも兄貴ヅラしたいだけというか、そんなに重く考えたことはなかった。


「いつも海里からお兄さんの話を聞いてるから分かるんです。私もお兄さんみたいなお兄さんがいたら良かったのにって思いますから」

「そんな褒めないでよ。でも柑奈さんだって、カンタくんっていう立派な兄弟がいるじゃないか」

「あっ……」

「ん?」


 柑奈さんは何か思い出したような反応をして、目をぱちくりさせた。


「そ、そう、っすね! でもカンタはバカだし、お兄さんには遠く及ばないんで!」

「そんなバカなんて。カンタくんも勉強頑張ってたし、元々海里よりは偏差値高かったみたいだから、習学院にはギリギリ届きそうだと思う」

「ほんとっすか?」

「うん。柑奈さんも習学院受けるんだよね? うちの二人ももちろんだけど、柑奈さんやカンタくんも受かって欲しいな」

「お、お兄さん……あの、私ずっと隠してたんですけど——」


 柑奈さんが何か俺に話そうとした……その瞬間。

 ガチャッとカラオケの重いドアが開かれて、外から誰かが飛び込んで来た。


「はぁ、はぁ、はぁ……待たせたわねの海里」

「おねーちゃん……っ」

「優梨!? ど、どうしてここに……」


 息を荒げる優梨。

 急いで来たからか、貞●みたいに長い黒髪が顔を隠している。


 あれ? 優梨は今日一日、塾だったはずじゃ……。

 優梨は徐に、テーブルにあったもう一つのマイクを手に取ると、さっきまで歌っていた海里と向かい合う。


「Hey海里。あんたは世紀の裏切り者、契約破棄して正義感ゼロ。勉強しないでこんなとこで遊んでテストはきっとヘボっちいゼロ!」

「おねーちゃんはいつも賢さアピール、でも奥手だからたかが知れてーる! あたしの人生右肩上がり、おねーちゃんは結局あたしのお下がり!」


 よく分からないが、謎にアツいラップバトルが始まったんだが……。

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