7話 恋する妹、まだ知らない兄


 世間は学期末で受験シーズン真っ只中だからか、Rising1の店内は意外と空いていた。

 本来ならこの二人も受験勉強をした方がいいに決まってるけどな。


「おにいカラオケから行くよー」


 Rising1に来てからやけにテンションの高い海里に手を引かれる。


 まずはカラオケか。

 海里や柑奈さんのことだから、スポーツ系からやると思っていたのに。


「お兄さんっていつも何歌うんですか?」

「お、俺? えっと……」


 もちろん、カラオケなんて来たことがない。

 陰キャの俺には縁のない場所だと思っていたが、まさか妹と妹の友達の3人で来ることになるとは……。


 持ち歌なんてないし、どうしたら。


「おにいはあたしとデュエットするのが十八番おはこだよねー?」

「俺たちそんなのしたことないだろ!」

「えー? じゃあおにいの持ち歌ってなんなん? いつもカラオケで何歌うの?」

「それは……」


 悔しいが、正直に答えるしかないか。


「ない、けど」

「じゃあデュエット決定〜」

「ええ……」

「いいからほらっ、マイク持つし!」


 海里のゴリ押しに負けた俺は、海里とデュエットすることになってしまった。


「そもそも俺みたいな世間の流行に疎い陰キャは、デュエットできる曲を持ち合わせてないんだが……」

「あるじゃん! ほら、おにいの好きなVチューバーの子が歌ってたやつ!」

「え? ああ」


 確かに俺の推しVである天使ヶ丘ゆるるちゃんの持ち歌は3曲あって、他のVの子とデュエットしていた曲もあったが……まさか海里の口からVチューバーなんてワードが出てくるとは。


「ちょいちょいお兄さん」


 海里が曲を探している横でぼーっと突っ立っていると、柑奈さんが耳打ちをしたそうに手招きしてくるので、俺は耳を傾けた。


「実は海里、お兄さんの好きなものを知りたいからって、めっちゃクラスのオタクたちにVチューバーのこと聞いてたんすよ」

「海里が?」

「いやぁ、お兄さんモテモテっすね」


 モテモテって……海里は妹なんだぞ。


 でもなんでまた、俺の好きなものを知りたいなんて……。


「あった! ほら、おにい! 歌うよー」

「お、おお、分かった」


 ここ数ヶ月の海里はやっぱり少し変だ。

 受験勉強頑張って俺と同じ高校に行きたいとか、俺と一緒にクリスマス過ごしたいとか、俺の好きなものを知りたいとか……ほんと、何を考えているのやら。


 まるで、恋する乙女みたいな行動だな。


「恥ずかしがらないで歌ってよ!」

「はいはい」

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