8話 カンタ危うし


 海里のやつ、戻ってくるのが遅いな……。

 さっきはトイレとか言って出て行ったけど、本当はサボりたかっただけなんじゃないのか?


 自分の部屋に戻ってスマホとか弄ってないといいが。


 俺は海里のサボりを疑いながらも、カンタくんとの勉強を続けていた。


「そういえばお兄さんって、なんで女性苦手なんすか?」


 え…………?


「あ、あれ? なんでカンタくん、それ知ってんの?」

「海里から聞きました」

「あいつ! 俺の個人情報をペラペラと」


 サボってる件も含めて、こりゃ後で説教だな。


「ね! 何でなんすか? 何で女の子苦手なんすか!」

「キミもキミでマジでデリカシーがないよね。今日初めて会った相手の苦手なものがそんなに気になるものなのか?」

「だって異性が嫌いになる人なんてそういないと思いますし!」


 そういない……か。

 女性に対して少し怖くなったのは、中学時代に彼女から財布にされたあの事件が発端だ。

 しかし、あれをカンタくんに話すのは……なんか恥ずかしいというか。

 俺はカンタくんの方を見る。

 すると彼は餌を欲しがるトイプードルのようにクリッとした目を輝かせて待っていた。

 仕方ない……男同士だし、少し話してあげよう。


「……あれは中学の頃」

「うぉぉっ、マジで話し出したよこの人」

「キミが聞きたいって言い出したんだろ!? 聞きたくないならやめるけど?」

「聞きたいっす!」

「はぁ……」


 海里も変わり者のお友達を連れてきたこと。

 俺は彼に呆れながらも話を戻して続ける。


「あれは中学の頃だ。俺は部活を辞めるくらいガリ勉になった時期があって」

「うわ、それはヤバいっすよ。オレからしたら部活辞めて勉強とかありえないっすから! うちの中学出身ですよね? 部活は何やってたんすか?」

「テニス部」

「うわぁ〜ヤリ●ンしかいないと噂のテニス部! お兄さん意外とプレイボーイだったんすね!」

「ど偏見やめろ! 俺の代は陰キャしかいなかったんだよ! つーかさっきから話の腰を折らないでくれ!」

「ひゃっ、はい!」


 カンタくんは人差し指で口にばつ印を作ってやっと黙った。


「まあそれで、部活を辞めた俺は毎日塾通いになったんだけど……そこで、その」

「……何かあったんすか?」

「同じ塾に、可愛い子がいてさ。俺はその子のことが気になってた。それである日その子から急に告白されて……俺、オッケーしちゃったんだ」

「ガリ勉だったのに?」

「ガリ勉とか関係なく、カンタくんだって可愛い子から告白されたらオッケーするだろ?」

「あー、そうっすねぇ?」


 カンタくんは生返事で応えた。

 クソっ! 美形男子はモテるから困らないってか?


「まあその後のことは話したくないから適当に話すけど、デートとか誕生日とかたくさん奢らされて金使わされた挙句、本当は好きじゃなかったとか言われてさ」

「なにそれひっど! お兄さん! そんな女ぶん殴ってやっていいっすよ!」

「もう昔の話だし、そんなことできないだろ」

「でも……」

「……それから俺、ずっと怖くてさ」

「怖い?」

「女性が怖いのはもちろんなんだけど、何よりただただ人間が怖いんだ。何か裏があるんじゃないかとか、何かしらの損得勘定があると思うと怖くて」


 俺は思い出すだけで、冬なのに汗をかいていた。

 それを察してくれたのか、カンタくんはポケットから花柄の白いハンカチを取り出すと、俺の額に当ててくれた。


「あ、ありがとう、カンタくん」

「いえいえ。こんなこと聞いちゃって、オレも申し訳なかったっす」


 チャラそうに見えて意外と優しいんだな。

 いや、海里想いな一面からしても、彼は普通に好青年だった。

 見た目で判断しちゃいけないよな。


「お兄さんにそういう理由があるなら仕方ないと思いますし、もしもその関連で大変なこととか海里にも言えないこととかあったら、オレ、何でも話聞きますから!」

「カンタ、くん……」

「お兄さんって、limeやってます?」

「う、うん。やってるけど」

「せっかくなんでID交換しませんか?」


 俺はカンタくんのQRコードを読み込んでlimeを交換する。

 友達とlime交換とか、久しぶりな気がするな。

 いや、カンタくんは友達というか妹の友達なんだが……。


「……ん? あれ」


 交換した時、俺はあることに気がつく。


 limeアカウントの名前————柑奈?


「柑奈? これ、本当にカンタくんのアカウントなの?」

「へ、あ、やばっ!」


 カンタくんは明らかにやらかしたみたいな顔で顎が外れそうなくらい口を開けた。


「ち、違うんすよ! 双子の妹のスマホ持ってきちゃって! クリスマスの時に新機種にしたんすけど、お下がりを双子の妹にあげたの忘れて今日持ってきちゃって!」

「なるほど。そういうことか。妹さんに悪いな、俺なんかと交換しちまって。ブロックしておいてもらってもいいかな?」

「…………」

「カンタくん?」


「お、お兄さん……良かったらなんすけど、オレの双子の妹で、女性に慣れるトレーニングとか、してみませんか?」


「は?」

「お、オレの妹なら下心とか、無いですし! もしお兄さんの金むしり取ろうとかしたらぶん殴るんで!」

「……お、おお。気持ちは、嬉しいけど」


 考えるだけで怖かった。

 この数時間だけでも分かるくらい、お人好しなカンタくんの妹なんだから、悪い子じゃないに決まってる。


 でも……。


「と、とにかく! 一旦交換したままにして、妹とチャットだけでもやってみるってどうすか!」

「チャットだけ?」

「無理にデートしろとは言わないんで、オレの妹とlimeの中で話してみるってのはどうかなと」

「……まあ、それくらい、なら」


 俺がそう答えると、カンタくんはホッと胸を撫で下ろしていた。


 よく分からないけど、まあ、知り合いの妹とのチャットくらいなら……いいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る