6話 カンタのお願いごと


「お兄さん、ちょっと聞きたいことがあるんすけど」


 カンタくんはショートヘアの前髪を整えながら言う。

 海里が離席してからというもの、俺とカンタくんは二人きりになったのだが、突然カンタくんは勉強をする手を止めて俺に話しかけてきた。


 どうしたんだろ、改まって。

 聞きたいことって勉強以外のことなのかな?


「お、お兄さんって! 海里のこと、どう思ってんすか」

「海里のこと?」

「教えてくださいっ!」


 ヤンチャな見た目のカンタくんだが、その見た目からは考えられないくらい真剣な眼差しで俺に聞いてきた。

 海里をどう思ってるって言われても……答えは一つしかない。


「い、妹、だけど?」

「妹だとしても! あんなに可愛いんだから何か思うことあるっすよね!」

「ち、近っ」


 カンタくんは眉間に皺を寄せながら、テーブルをドンと叩いて身を乗り出した。

 目と鼻の先まで近づいてきたそのイケメン顔に、俺は劣等感すら覚える。

 一見可愛い系の顔立ちだけど、普通に美形なんだよなぁ。


「え、えっと、カンタくんが何をそんなに必死になっているのか分かんないんだけどさ」

「理由なんてどうでもいいです! あるとしても、オレが海里の親友だからです」


 いや、だから何で?

 海里の兄である俺に対して「海里のことどう思ってる」とか、聞いたところでアンサーは「妹」としか返ってこないと思うんだが?


「海里は! お兄さんのこといつも大好きだって言ってるっす」

「は!? あの海里が?」

「中学でも毎日のようにお兄さんの自慢ばっかりだし! この前、英語と数学で学年1位を取った時なんて、おにいさんの開いてる勉強会のことクラス中に自慢してました!」


 こんな在宅塾を自慢とか、恥ずかしいからやめてくれよ海里……!

 いくら1位を取れたからって天狗になりすぎだろ!


「海里にとってお兄さんは特別なんです! だから、お兄さんにも海里のことを……真剣に考えて欲しいっす」

「真剣にって……」

「兄妹とか……好き同士なら関係ないと思うんで!」


 こいつ、さっきから好き勝手言ってくれるな……。

 この前クリスマスの時に優梨から変な気を起こすなとお灸を据えられたばっかりだってのに……あいつとは真逆のことを。

 そもそもの話、兄が妹に変な気持ちを持たないのは生物学的にも当たり前のことであって。


「海里は、お兄さんのことを、兄だとしても好きなんだと思うんです!」

「それは勘違いすぎると思うけど……あのさ、カンタくんは海里とそんなに仲がいいんだから、俺なんかに海里を取られたくないと思わないの?」

「ウチは! じゃなくてオレは! 海里が幸せなら、それでいいと思ってるんで!」


 おいおい、カンタが負け主人公みたいなこと言ってるが!?

 本当にそれでいいのかよカンタ!

 それじゃあまりにもカンタくん可哀想すぎるだろ。


「え、えっとさ、海里は本当に俺のこと好きなのか?」

「当たり前です! LOVEです!」

「LOVEなの!?」

「はい!」


 い、いやいや、ないない。

 きっと第三者のカンタくんだからそう見えるだけ。

 しかし、この場を収めるにはカンタくんに同意しておくしかないだろうし、適当に頷いておこう。


「よし分かった。とりあえず今度、しっかり海里とこの件について話してみるからさ、今は勉強会なんだし、カンタくんは勉強に集中しような?」

「はいっ! あざす!」


 あざすって……おいおい、なんか思ってたのと違うな……。

 てっきりカンタくんは海里と恋仲で、海里がギャルの割に恋愛偏差値低いからまだ付き合うまでに至ってないだけなのかと思っていたけど……そもそもカンタくんって、海里のこと好きってわけじゃないのか?


 それなら、少し安心だ。

 その事実にホッとしてしまう自分がいる。

 これはあくまで、海里が将来的に結婚する相手候補の中のギャル男消えたから安堵しただけ……。

 そのはず、だ。


 ✳︎✳︎


「おねーちゃん、話ってなに?」


 あたしが部屋に入ると、おねーちゃんはイラついた様子で机の上を指で「トントントントントントン」と叩いていた。


「わたしが話したいことなんてあなたも分かり切ってるでしょ?」

「……わ、分かんねえし」

「なら、教えてあげる。金川さんのことよ」


 でしょうねぇー。

 むしろそれ以外でムカついてんなら、おねーちゃんは生理か早めの更年期だし。


「これ以上……あたしの計画が狂うから余計なことしないで!」

「おねーちゃんの、計画?」

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