4話 ヤツに見つかる


 今にも女子だとバレてしまいそうな柑奈のことを心配しながらも、あたしは自分の勉強を進める。


「へぇ……なるほど分かりました! あざっすお兄さんっ! さすが習学院生っすね!」

「そんなことないよ。俺って高校だと下の方だし」

「ええ!? こんな頭いいのに!?」

「そ、そうかな?」


 おにいったら、そんな分かりやすい"ワッショイ"されて喜んでるんじゃないっての。

 いつもは勉強そっちのけでダベるのが好きな柑奈のことだから、おにいにちょっかいかけて勉強会にならないんじゃないかと心配だったけど……意外と柑奈も真剣にやってる。

 わざわざ自分から電話で懇願してきただけのことはあって、その姿勢は真面目だし、分からないところはすぐにおにいに聞いてた。

 おにいもおにいで、柑奈が女子って気付いてないから、あたしらと話してる時みたいに自然な感じで接してる。

 つまりあたしの考えた男装作戦大成功ってこと? やっぱあたしって天才?


「海里、ここ間違ってるぞ」

「え?」


 柑奈の方を教え終わったおにいが、あたしの数学のテキストに指差しながら言う。


「……わ、分かってるし!」


 不意に間違いを指摘されてちょっぴりムカついたあたしは、消しゴムで答えを消してから解き直す。

 もー、すぐに浮かれちゃダメって分かってんのに。

 あたしはおにいと勉強する中でたくさん分かったことがあった。


 まずは自分が3年間ギャルとして遊んでしまったという現実。

 例えば柑奈も同じギャルだったとはいえ、バレー部にのエースで県大会まで行った実績がある。

 でもあたしにはそれがない。

 ネイルとかメイクにばっか夢中になってたあたしには、周りに誇れるほどの頑張ってきたことなんて何もない。

 面接でアピールできることが少ない分、あたしが習学院高校に合格するために残された可能性は勉強の成績。

 もちろん内申点は激ヤバな結果になるのが目に見えてるし、その分、受験本番の試験でかなりの高得点を残さないと合格することができないのは当たり前。

 だから今は目の前にある問題を一個でも多く解いて、学力を上げていくしかないんだし。

 全部はおにいと同じ高校でおにいと一緒に高校生活を送るため。

 

「今日はやけにやる気あるなぁ海里。カンタくんがいるからかもしれないけど」

「そんなことないっすよー? 最近の海里って学校でもこんな感じでめちゃ集中してて、いつもおにいと同じ高校で——んっ!」


 あたしはテーブルの下で柑奈の足を踏みつける。


「いってて……海里ってば容赦ないなぁ」

「今のは柑……カンタが悪いし!」

「だからってバレー部のエースの足を踏まなくても」

「もう引退してるからいいじゃん」

「はあ?」

「まあまあ二人とも。イチャつくのは二人の時にやってくれよ、な?」


 まだおにいに誤解されてるし。

 多分おにいの目には、あたしと柑奈は実は裏で付き合ってるけど、おにいの前だから友達のていでいる、みたいな感じに思われてんのかも……。

 なら、誤解を解かないと!


「おにい、言っとくけどあたしとカンタは」


「お兄ちゃんただいまー」


 あたしが否定しようと思って立ち上がったその刹那、リビングのドアが開いて、今日は一日中塾の冬季講座に行ってるはずのおねーちゃんが帰ってきてしまった。


「……ゲッ。元生徒会長の、優梨……」


 柑奈は青ざめながら、おねーちゃんの方を見た。

 やっばぁ……この状況はまったく想定してなかったし。

 あたしは柑奈を呼ぶ前におねーちゃんのスケジュールを考慮するくらい、今回の男装作戦はおねーちゃんに相談なしの計画だった。

 だっておにいに友達の女子と会わせたいなんて言ったらおねーちゃんは反対するに決まってるし、男装で誤魔化すなんてもってのほかと言われそうで……言うに言えなかった。


「あれれー、お客さん?」


「「…………」」


「ふふっ……可愛いお客さんだね」


 おねーちゃんは裏モードの時の冷たくてしっとりした視線をあたしと柑奈の方に向けていた。

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