9話 お兄ちゃんの指紋うっま


 イルミネーションの最後に、俺たちはフラワーパークの中央に聳え立つ、花壇に囲まれた巨大クリスマスツリーを目指した。


「……ん?」


 俺は紙袋に入ったフライドポテトを食べながら歩いていたが、もうポテトが一本しかないことに気がつく。


「ポテトあと一本か」

「ねーお兄ちゃん。最後の一本はわたしにちょうだい?」

「ええ……」

「おねーちゃんは絶対ダメ! おにい、あたしにちょうだい!」

「いやいや優梨はまだしも、海里はもう一袋分、食べたろ?」

「そ、それは……そうだけど」


 海里は自分の手の中にある紙袋を睨んだ。

 一本ごときでそんなにムキにならなくてもいいのに。


「じゃあ優梨、口を開けて」

「え? 口?」

「……おお、ご、ごめん、あーんなんて嫌だよな。ほら、袋ごとやるから自分で」


「わたしはあーんでいいよ、お兄ちゃん♡」

「……っ」


 ちょっぴりだけど、心が揺れた。

 さっき優梨と二人の時に「妹なんだから〜」と揶揄われた影響もあるのかもしれないが、なんでか今日の優梨は、いつもよら可愛く見えてしまう。

 優梨は俺が差し出した一本のフライドポテトを口にすると、唇についた塩を舌でぺろっとした。


「ふふっ…………お兄ちゃんの指紋うっま」

「指紋?」

「ちがっ! このポテトの塩うまって言ったの。お、お兄ちゃん聞き間違いが酷いよもー!」

「お、おう」


 さすがに聞き間違いだよな。「指紋うっま」なんて意味がわかんないもんな。

 ASMRの聴き過ぎで耳が悪くなったのかもしれない。気をつけないとな。


「おねーちゃん、マジでキモいから」

「なんのこと?」


 理由が分からないが、またしても優梨と海里が目の前で睨み合いの喧嘩を始める。

 せっかくのクリスマスなのにこいつらまた。


「ほらほら二人とも、あのクリスマスツリー、そろそろ近くで見れそうだぞ」


 混んでいてなかなか一番近くまで来れなかったが、しばらく待ってやっと俺たちはライトアップされた大きなクリスマスツリーのまん前まで来れた。


「うっわ、でっかー。あたしこんなデカいクリスマスツリー初めて見たかも」


 海里と優梨はクリスマスツリーを見上げて「わぁぁ」と白い息を溢す。

 クリスマスツリーで感動するとか、身体は立派だけど、やっぱ二人はまだ中学生だな。


「これ、指輪」

「きゃっ♡」


 隣にいたカップルがプレゼントを渡しており、それを見た俺はとあることを思い出す。


「……そうだ」


 そろそろアレを渡してもいいかもな。

 クリスマスを妹二人と過ごすと決まってから、俺は"あるもの"を用意していた。

 せっかくのクリスマスだし、兄として二人に何か買ってやるかと思ったのだ。(クリスマスASMRの時に投げる予定だった金もあったからな)


 しかし、女子が何を貰ったら喜ぶか分からなかった俺は、ショッピングモールにある女性モノブランドのコーナーをブラブラして、なんとなくのセンスで選んだから二人に喜んでもらえるかどうか不安だ。


「ふ、二人とも、ちょっといいか」

「なーに、おにい?」

「実はさ……二人に、クリスマスプレゼント買ってきたんだ」


「「え⁈」」


 俺は顔から火が出そうなくらい恥ずかしいが、それをグッと我慢する。


「海里にはこの赤い手袋を、優梨はこっちの黒い手袋を」


 俺はコートの内ポケットからプレゼントの手袋を取り出すと、二人に手渡した。


「「…………」」


 やばっ、二人の反応が微妙だ……!!


「ど、どっちもレザーだから、ほつれたりしないと思うし……」


 何言ってんだ俺、機能とか、今はどうでもいいだろ。


「や、やっぱキモいかったか? だよな、兄からクリスマスプレゼント貰っても嬉しくないよな! 俺もさ、女子が何貰ったら喜ぶとかよく分かんなくて。べ、別に無理して使わなくてもいいんだけど」


 失敗したと思った俺は、恥ずかしくて変に饒舌になってしまう。

 俺の悪いとこ、全部出てるじゃねえか……っ!

 今すぐにミジンコになりたいと思った時、急に優梨の白く冷たい手が俺の手に触れた。


「ありがとうお兄ちゃん。わたし、いっぱい使うね?」

「ゆ、優梨……っ」

「おねーちゃんの"使う"は違う意味に聞こえるけど」

「海里なんか言った?」

「な……なんでもない! つーか、おにいからのクリスマスプレゼント貰えるとか思ってなかったからマジで嬉しい。これで受験にも行くし!」

「わたしもっ」

「優梨……海里……」


 二人とも、優しいな。

 こんな兄のプレゼントを素直に受け取ってくれるなんて。


「や、やっぱさ! 来年も3人でここに」


「「それはない(2回目)」」


「えぇ……」


 こうして俺たちのクリスマスは平和に終わって行ったのだった。

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