8話 来年もまたここに——それはない(断言)
お兄ちゃんの視線が一瞬、私たちとは別の方向に行ったのを、わたしは見逃さなかった。
その先にいたのは————間違いない。
「水野、千冬……」
明るい髪色をしたわたしたちとも引けを取らない端正な顔立ちをした、制服姿の女子。
お兄ちゃんが女性に対して強い苦手意識を持つようになった元凶であり、わたしの大好きなお兄ちゃんを財布にした憎き相手……。
「あの女。殺っ——」
「おにいー! 早くしないとポテトが!」
海里のクソデカボイスに気を取られ、一瞬、水野から目を離すと、お兄ちゃんの視線の先にいたはずの水野は消えていた。
……見間違い、だったのかしら?
お兄ちゃんが中学2年の時、女子から告白されてウキウキで帰ってきた時のことを今でも覚えている。
そして数週間後——沈んだ顔で帰ってきた日のことも、鮮明に……。
お兄ちゃんを苦しませた彼女はわたしの中で一番憎き存在だった。
そんな水野千冬は、隣町の偏差値がとても低い高校に進学したと聞いた。
そんな彼女がなぜ、こんなクリスマスの夜に制服姿で一人、フラワーパークまで来ていたのか……全く理解ができない。
彼女に関しては不思議な点がいくつもあった。
そもそも本当に彼女がお兄ちゃんを財布にしていたのかどうかという点、そして彼女が隣町の高校に行った点。
お兄ちゃんとの一件が起こる前までは、水野千冬が「悪女」という印象は無かった。
わたしが1年の時に生徒会の書記になった際に図書室へ用があって、図書委員だった水野千冬と一度だけ会話を交わした事があったが、その時の彼女は、男を財布にして弄ぶタイプというよりクールで洒脱な感じの周りの人間と一歩距離を置いてる文学少女だった。
一度の会話でその人間の本性まで暴くことは不可能だから「彼女にウラの顔があった」と言ってしまえばそれまでだけど……。
確かに彼女は憎い。でも、それだけがずっと心に引っかかっていた。
「優梨、ポテト食べるか?」
わたしが水野千冬について考え込んでいたら、いつの間にかポテトを買ってきたお兄ちゃんが、ポテトのカップをこちらに軽く傾けた。
「え、えっと……わたしはいいかな。ダイエット中だし」
女子力をアピールをするために言ったけど、本当はダイエットなんてしてない。
むしろお兄ちゃんのpixi●検索履歴から、最近はムチムチが
「ダイエットて……おねーちゃん、昨日の夜中に唐揚げを十二」
「食べてないから」
海里め……わざとお兄ちゃんの前で。
で、でも今日は、海里の抜け駆け告白をストップしたし、お兄ちゃんに"妹"を意識してしまうシスコン性癖を若干植え付けることに成功したから、満足満足。
お兄ちゃんは今、心の中で「あー、やっぱ優梨の胸を揉みしだきてぇ」って、絶対に思ってるだろうし、このままいけば最短でバレンタインには間に合う……。
チョコと一緒にわたしの愛液をお兄ちゃんの口にぶち込んであ・げ・る♡
✳︎✳︎
あー、早く家帰って天使ヶ丘ゆるるたんの耳舐めASMR聞きてぇ。
俺はポテトを食べながら、脳内はASMRのことでいっぱいだった。
今ごろ世の2次元オタクたちは部屋でエロASMR配信を聴きながらホワイトクリスマスをエンジョイしてるってのに、俺は妹たちとクソ寒いフラワーパークで半額のポテトを食べてるとか……。
「はぁ……」
「ちょ、おにい! なんそのクソデカため息!」
……妹、か。
俺は、隣でプンプンしてる海里とやけに大人しい優梨を交互に見る。
千冬から財布にされてからというもの、俺は周りの女子が怖くなっていつしか避けるようになった。
でも肉親である海里と優梨の二人は、ずっと大丈夫だったんだよな。
例え二人から冷たくされても、血の繋がりや兄妹の絆があったから……俺はどこか安心していたのかもしれない。
それに最近になって急に、二人は俺に甘えてくるようになった。
恥ずかしいから絶対に口には出せないが、二人の兄としては……ちょっぴり嬉しかったり。
「なあ……優梨、海里」
「「なに?」」
「来年もこうやって、3人でイルミネーション観にこような?」
「「それはない」」
優梨と海里はお互いをコロすような目つきで見ながら口を揃えて言った。
え、ええ……。
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