7話 二人きりの時間(優梨編)
優梨と海里が入れ替わるようにトイレに行くことになり、今度は海里がトイレへ行ったので、俺は優梨とイルミネーションを見ながら話す。
「海里と二人で何を話してたの?」
「何って……たわいもないことだよ」
「あ、もしかしてわたしの悪口だったり?」
「そんな陰口みたいなことしないって」
「ほんとかなー?」
優梨はイルミネーションの方から俺の方を見ると、その目を細めて疑ってくる。
「お兄ちゃんって海里贔屓なところあるし、わたしのこと嫌いだったりー?」
「そんなことあるわけない。海里も優梨も俺にとって大切な妹だ」
「……妹、かぁ」
「なんだよ」
「べーつに? なんでもなーい」
優梨は意味深にはぐらかすと「あっちで写真撮りたい!」と言うので、俺は自分のスマホのカメラで優梨の写真を撮ることになった。
優梨が写真を撮りたがっていたのは、フラワーパークの中央にある巨大なクリスマスツリーだった。
ここのイルミネーションの中では、写真を撮るのに一番定番の映えスポットらしく、他のカップルたちもイチャコラ写真を撮っている。
「よーし、じゃあ写真撮るぞ」
俺がスマホのカメラを構えようとすると、クリスマスツリーの前に立つ優梨は、両手の人差し指を頬に突き立てて、ニカっと笑う。
あざといポーズで、でも可愛い笑顔。
優梨がこんなにあざとい笑顔を作るのに少し驚いた。
「写真撮れた?」
「バッチリだ」
俺は写真を撮ったスマホを優梨に手渡す。
「可愛く撮れてるよね?」
「ああ。めっちゃ可愛いと思うぞ」
「可愛い……ん、んんっ」
「え?」
突然、優梨の口からなんか色っぽい声が聞こえる。
ど、どうしたんだ優梨のやつ。
喉に痰でも詰まったのか?
「優梨大丈夫か?」
「だ、大丈夫。ちょっと……」
「?」
「そ、それより! さっきはごめんね? お兄ちゃんと海里が二人で楽しそうに話してたのにわたしが邪魔しちゃってさ」
「今になってなんだよ。別に謝ることはないだろ?」
特に海里も楽しそうではなかっただろうし。
「ねーお兄ちゃん。仮にだけど、お兄ちゃんって、海里とわたしならどっちと付き合いたい?」
「変な質問すんなよ。どっちとも付き合いたくない」
「別に妹だからって我慢しなくていいよ?」
「我慢ってなんだよ」
「もしお兄ちゃんがわたしのこと可愛いって思ってくれてるなら……素直にわたしのこと好きになっちゃえばいいじゃんって話」
「……い、いやいや!」
「血が繋がってても……本気で好きになっちゃうなら、それこそ本当の愛なんじゃないかな?」
優梨は悟った顔で、口から出た白い息が目の前で消えるのを遠い目で見つめた。
「お前一体、何を言って」
「だってわたし、お兄ちゃんになら好きって言われても引かないし」
「……え」
俺が好きと言っても、引かない?
兄である俺が優梨を……好きになる?
なんか、頭が痛くなってきた。
ずっと妹だと思ってた優梨のことを……好き?
脳内が沸騰しそうなくらい沸々と何かが、込み上げてくる。
優梨のことを違う目で見るなんて……あり得ないだろ。
「どうしたのお兄ちゃん? 目、怖いよ♡」
「……ゆ、優梨。いくら俺に、彼女いないからって、揶揄うのもいい加減に」
「でもお兄ちゃん……わたしが引かないって言った時に、わたしの身体をめちゃくちゃにする妄想したでしょ?」
「してない! するわけない!」
「うっそだー。だってわたしのおっぱい見てたもん」
俺は前に、海里の胸元を見てしまった時に言われた事が頭をよぎった。
『女子は視線に敏感』
まさか俺は……無意識のうちに優梨の胸を見てしまった……?
俺が愕然としていると、優梨はいつのまにか俺の耳元に口を近づけていた。
まるでASMRのような近さで優梨の吐息が耳たぶを擽ぐる。
もちろん、この距離感だと優梨の胸が俺の肋骨付近に押し当てられ、さらに優梨の胸を意識してしまう。
「海里みたいな無駄に大きくてだらしないおっぱいと違って、形が良くてハリのあってさっきのカイロみたいにほんのりあったかい、そんなわたしの妹おっぱい……お兄ちゃんがどうしてもって言うなら、触ってもいいよ?」
「……っっ」
脳を溶かすような甘い囁き。
俺の中の倫理観がぶっ壊れそうだ。
「お、俺は……っ」
優梨の豊満な胸が、肋骨を横に撫でる。
こ、このままだと、本気で優梨を——っ。
「おにい!」
息を荒げながら、海里が戻ってきた。
「そ、そっちのフードコート! ポテト半額だって! 行こうよ!」
「ポテトが……半額?」
俺はその一言で正気に戻ることができた。
優梨は、海里が近づいてくるにつれて、体を離して俺の隣に移動する。
「あ、あたし! お腹すいちゃって」
「行く前に肉まん2つ食べてたじゃない」
「あれは! と、とにかく、行こうよおねーちゃん」
「………」
海里と優梨が急に睨み合いを始めた。
お腹が空いたかどうかでそこまで睨み合う必要ないだろ。
「あーあー、分かった分かった。ポテトもなんでも買ってやるから。ほら優梨もそんな不機嫌な目すんなって」
「別にそんな目はしてないよ? ただ海里のお腹が心配だっただけ」
「そうか?」
「お兄ちゃん。さっきのは全部冗談だから」
「さ、さっきの?」
「……妹で興奮するとか、絶対ダメだよ♡」
やっぱり、揶揄われてただけだったのか。
優梨はただの優等生だと思っていたが、こんな揶揄い方をしてくるなんて。
クリスマスの雰囲気に呑まれたのだろうか。
しかし、なんだろうな……。
俺は一瞬でも優梨の胸に欲情……な、ないない! ないだろ!
海里も優梨も、そりゃ可愛いし、スタイルもいい。
でも俺はあいつらの兄であって、幼い頃から一緒に生活してきたわけだし、変な気を持ったら異常者だろ。
大丈夫……ASMRが聞けなくて変に性欲が溜まってるだけ。
ったく、優梨があんなシチュエーションボイスみたいなこと言うから。
俺は首を振って二人の後ろを歩き出した……が。
「ん……?」
「どしたのおにい?」
「お兄ちゃん?」
俺は不意に、ある姿が目に入った。
カップルだらけのフラワーパークの中を、一人で歩く制服姿の女子生徒。
その女子はスレンダーな身体つきで、色素の薄い髪色をしており、大きめの髪留めで前髪を左に寄せている。
髪色は変わっているが、俺は彼女に既視感があった。
違う、既視感なんてものじゃない。
あれは……間違いない。
「おにいー! 早くしないとポテトが!」
「お、おう」
少し目を離したら、千冬の姿は消えていた。
クリスマスが魅せた幻影だったのだろうか。
元カノの幻影って……なんてタチの悪いクリスマスだ。
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