6話 二人きりの時間(海里編)


 なんかさっきからおねーちゃんの様子がおかしいし。

 あたしがおにいとこんだけ色々話をしてるのに、さっきから一切口を挟んでこなかったし、やけにおにいの右手をにぎにぎしながら口元を緩ませてる。


 さっきもおでこに手を当てられただけで、あのど変態のお姉ちゃんが動揺してたし……きっと何かある証拠だ。

 おにいは気づかなくても、あたしの目は誤魔化せない。絶対に何か企んでるんだ。

 それともおにいの右手には何か意味があったり……?


「海里? 大丈夫か?」


 あたしがおねーちゃんに睨みを利かせていると、おにいがその視線を遮ってくる。


「お、おにい……」

「せっかくイルミネーション見に来たのに、険しい顔してどうしたんだ? もしかしてトイレ行きたいのか?」

「こ、このノンデリ! 女子にそういうの聞くなっての!」

「ええ……? 女子っていうかその前にお前は俺の妹だしいいだろ」

「良くねえし!」

「でも子どもの頃に海里が遊園地の帰り道で漏」

「その話すんな! ノンデリおにい!」


 あたしは恥ずかしさのあまり、悴んだ手でおにいをぶん殴った。


「がァっ!」

「おにいって兄貴ヅラしながらマジそういうことを平気で言うところあるよね! マジでキモいからやめろし!」

「き、急に暴力的になりやがって……そんなに黒歴史だったのか?」

「あたりまえじゃん!」


 ……あれ、でもおにいって、意外と昔の(あたしの)こと覚えてるよね……。


 あれは6歳の頃。

 家族で行った遊園地の帰りに30分並んでやっと乗れたバスの中で、あたしは我慢できなくて……。

 でもその時、おにいは真っ先にペットボトルの麦茶を自分のズボンにかけて、あたかも自分が漏らしたかのように見せると、周りにアピールしてくれた。

 お父さんやお母さん、おねーちゃんはわたしが漏らしたことを後で知ったけど、あの時バスの中であたしが周りから変な目で見られなかったのは、おにいのおかげ。

 昔からおにいは……あたしたち妹思いで、優しくて……カッコよくて。


 あたしの大好きな人……。


「お兄ちゃん、ちょっとわたし、お手洗いに行ってきてもいいかな?」


 イルミネーションを観ながら歩いていると、いつの間にかトイレの近くまで来ていたようで、おねーちゃんがトイレに行くとおにいに言った。


「大丈夫だ。ついでに海里も行ってきたらどうだ?」

「あ! あたしはいいし! おねーちゃん、ここでおにいと話してるからゆっくりでいいよ」

「ふふっ……ありがとう、海里」


 不敵な笑みを見せたおねーちゃんは、そのままトイレへ向かった。

 珍しい。あのしっかり者のおねーちゃんがトイレなんて。

 昔からおねーちゃんは何をするにも計画的で、旅行とかちょっとしたお出かけの日に出先でトイレへ行きたくならないように、前日は食事と水分を控えるくらいだ。

 気持ち悪いほどにその辺の管理をしっかりしてるおねーちゃんがトイレなんて……。

 今日は雪もパラパラ降るくらい寒いし、単にお腹を冷やしただけかもだから、考えすぎなのかもしれないけど……。


 ま、まさか……おねーちゃんのことだし、変な意味でとか……?


「おっ! 海里これ見てみろよ。花の蕾の中にまでイルミネーションがあるぞ!」

「花の中にまでイルミネーション?」


 おにいに言われて胡蝶蘭のコーナーに目をやると、花の中の蕾にまでライトが仕込まれていて、蕾の中から光が溢れでるように美しく咲いていた。


「わぁぁ……めちゃくちゃ綺麗じゃん、これ」

「だよなっ」


 おにいは子どもみたいな無邪気な笑顔を見せた。

 今日のおにいは、昔のおにいに戻ったみたい。

 いつもあたしたち姉妹を笑顔で引っ張って行ってくれたあの頃の、おにい。


 あたしが反抗期に入ってからあたしがおにいのことを突き放したことで関係が悪くなって、家族内の空気も悪くなって、いつしかおねーちゃんもおにいに冷たくなって……。


 もう兄妹の関係は終わったと思ってた。

 あたしが壊しちゃったんだって。

 おにいはあたしのこと嫌いになったんだって思ってたのに……おにいはあたしを、また妹として接してくれるようになった。

 勉強を教えたり、時には甘やかしてくれるようになった。

 昔の関係に……また、戻れたような気がする。


「海里? どうしたんだ黙っちゃって」

「え、いや……この花、ライトアップされてめちゃ綺麗じゃね?」

「ああ。凄い綺麗だよな」


 おねーちゃんが消えたことにより、おにいとあたしは二人きりで花畑の柵に寄りかかりながら、花畑に設置されたイルミネーションを眺めた。

 暖かいイルミネーションの鮮やかなライトアップを見ていたら、外の寒さは気にならなくなっていた。

 いや……おにいといるから、暖かいのかもしれない。


「おにい、さ」

「ん?」

「あたしとクリスマス過ごせるの……う、嬉しい?」


 イルミネーションの方を見ながら、思い切ったことをおにいに聞いてみる。

 するとおにいは急に、持っていたカイロをあたしの頬に当ててきた。


「ひゃっっ! ちょ、なにすん!」

「ごめんごめん。ちょっとしたイタズラだ。海里が急に真面目なこと聞いてくるからさ」

「あ、あたしだって、時には真面目になるし! それでどうなん? 嬉しい?」

「ああ、クリスマスを海里と過ごせて素直に嬉しいよ……だって俺、海里が中学生になった頃くらいからずっと、てっきり海里に嫌われてるんだって思ってたから」

「……お、おにい」

「でも……兄妹で一緒にいられる時間って、もう残り少ないと思うから、なおさらそう思うんだよ」

「少ない……?」

「ああ」


 おにいはどこか寂しそうに白い息を吐きながら呟く。


「俺も県外の大学に進学したら当然一人暮らしをすることになるだろうし、こうして優梨と海里といられるのも残り2年くらいだ」

「そ、そう……だね」


 おにいは大学に行ったら家を出る。

 そんなこと、考えてもみなかった。

 おにいは進学してもあたしらと暮らすと思い込んでたし、最近は自分がおにいと同じ高校に行くことばかり考えていたから、おにいがどっか行っちゃうなんて想像する余裕がなかった。

 忘れてたけど、おにいはあと2年で……卒業なんだ……。


「だからさ、少しでもお前たちと仲良くしておきたいって最近思うようになったよ。あと、海里には習学院高校に進学してもらって幸せになって欲しいし、あの優梨がうちの高校でどれだけやれるのかも見届けたい」


 おにいはイルミネーションを見ながら呟いた。


「それに海里にはつい最近までずっと嫌われてると思ったからさ、別れる時までにはこの険悪な関係をどうにかしなくちゃいけないって考えてたし、今こうして仲良くできているのは幸せだ」


 おにい……そんなこと、考えてくれてたなんて……。

 おにいに向かって、これまで反抗的な態度を取っていたことに対し、申し訳なさもあるけど、それ以上に嬉しかった。

 

「あ……あたしの方こそ! おにいに嫌われてると思ってた」

「俺が?」

「だってあたし……反抗期でおにいの洗濯物汚いとか、おにいのこと臭いとか! 思い返せば何回もチクチク悪口を言っちゃったから……ほ、本当は汚いとか思ってないし! おにいは昔からめっちゃ良い匂いするし!」

「いやいや。絶対に良い匂いはしないと思うが」

「と、とにかくおにいは! 女子にトラウマがあるとか言ってても、あたしらには普通に優しいし、ちゃんとお兄ちゃんしてるし! あ、あたしはそんなおにいが!」


「お待たせ〜」


 ……っ!? お、おねーちゃん。

 この絶妙なタイミングで現れたおねーちゃんという名の優梨モンスター

 まさかおねーちゃん、この良い感じの空気になったところでわざと割り込むのを計算してトイレに……?

 もしかしてあたしを泳がせてた……?


「ほら、海里もトイレ行ってきたら? すぐそこにあるし」

「あ、あたしは別に」


 断ろうとした時、おねーちゃんは素早くあたしの耳元に顔を近づけてくる。


「わたしも時間あげたんだから、ギブアンドテイクでしょ? 意味はわかるわよね? 英語98点の海里さん?」

「……」


 やっぱり計算済みってワケ……?


「何してんだよ二人とも」

「ううん。海里にハンカチを渡してただけ」

「そっか。海里、迷子にならないようにな」

「……う、うん」


 あたしは不本意ながらもトイレに行く流れにされてしまった。

 ……仕方ない。おにいとおねーちゃんを二人にしたらヤバいけど、遠くから監視するしかない。

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