3章 冬休み、兄の童貞、どうなるの?(義妹こころの俳句)

1話 テスト結果、恨みっこなしだよ


 義妹戦争という名の定期テストが終わってから数日が経った11月下旬。

 わたしはマフラーを巻いてから家を出ると、冷たい風に吹かれて体を震わせた。


 いつも通りなら、3日後の今日テストの結果が廊下に張り出されるだろう。

 海里とわたし、数学のテストで良い点数を取った方がお兄ちゃんとクリスマスにデートができるというベタな勝負——と言っても、テストをやる前から結果が分かりきったようなものだ。


「わたしが勝つに決まってる」


 昔からわたしと海里には大きな違いがあった。

 わたしは勉強ができて、海里は運動が得意。

 一卵性双生児とはいえ、わたしたちにはそれぞれの個性があるのだ。


 海里は昔から勉強が大嫌いで、小学生の頃は駄々を捏ねてお兄ちゃんに宿題をやらせていた。

 中学生になってからはもっと勉強をしなくなり、勉強机には教科書の倍くらいファッション誌が積まれていて、元モデルのお母さんに憧れているのか、美容やスタイルの維持、ファッションのことばかり勉強していて中学の勉強には全く関心を持たなかった。

 

 わたしはそんな妹を反面教師にして、素直な道を選んできた。

 海里みたいに髪を染めたりはしないし、校則もしっかり守るし、しっかり授業を受けて勉強も運動もちゃんとする。

 当たり前のことを当たり前にできる人間が正しいし、それが一番大切。

 最近ちょっと勉強をしただけの海里に負けるなんて……絶対に嫌だ。


「だから今日、わたしはそれを証明する」


 中学校の校門の前に着いたわたしは、校舎を見上げながら呟く。

 2階の窓から海里を取り巻く派手な女子グループがゲラゲラ会話するのが見えた。

 あんな下品な海里の努力なんてミジンコ以下に決まってるし、わたしの実力を上回るわけがない。

 それにわたしは、お兄ちゃんとクリスマスを過ごすために万全の状態でこの前のテストに臨んだ。

 自己採点では全教科95点以上だったし、肝心の数学に関しては自己採点で100点。だから負ける気がしない。

 わたしたちの中学校では、定期テストのみ、結果が廊下の掲示板に張り出されるようになっている。

 教師たちによって朝8時ピッタリに張り出されるので、残りはあと3分ほど。

 昨今、様々なプライバシーに配慮するためにも下位の発表は無く、各科目の上位20名の名前と、総合結果上位20位までしか張り出されない。


「今日テスト結果張り出すんだって」

「なんか凄いことになってるってさっき先生から聞いたんだけど!」

「マジ? 気になるー」


 わたしと同じ3年生のリボンを着けた生徒が階段の踊り場で話しているのが聞こえた。

 もうすぐだし、教室に行く前に廊下の掲示板に寄り道していこうかな。

 

 テスト結果を知りたい生徒たちが掲示板の前に群がってかなり賑わっていると思われたが……その場の全員が唖然とする事態になっていた。


 その理由は……。


「数学と英語のこれ……マジか?」

「一体全体、何が起こってんだよ」

「名前の入力を間違えたとか?」

「やっぱ印刷ミスだよね?」


 そう……そのテスト結果表には、普段なら絶対にランキングには入って来ない名前が書かれていたのだ。


【数学テスト結果】


1位 小樽海里 100点


 海里が、ひゃ……100点……?

 嘘、でしょ?


 まるで悪夢でも見ているのかと思うくらい、変な汗が身体中からジワっと上がってきて、とにかく気持ち悪かった。


 海里が100点なんて、あり得ない。

 きっと何かの手違いで、小樽優梨のはずが小樽海里に…………えっ……?

 嘘、でしょ。

 結果をよく確認した時、わたしは目を疑った。


「生徒会長が妹のギャルに負けるなんて……これは入力ミスだ! 小樽優梨の間違いだろ!」

「でもでも! ちゃんと下には生徒会長の名前もあるよ!」

「え、マジで!?」


【数学テスト結果】


 1位 小樽海里 100点


 1位 小樽優梨 100点


 そう——お互いに100点だったのだ。

 一番上にある名前が小樽優梨の間違いではなく、その下には小樽優梨の名前がしっかりあった。

 だからこそ、わたしは驚きで何も言えなかった。

 

 じゃ、じゃあ……義妹対決の結果は完全に引き分け……なの?


「お、おお、おい! 英語の方も見てみろよ」


 その声を聞いてわたしはふと英語の結果にも目を向ける。


 え………………。


「あ、あのクソ難しい問題で98点取るやつが出ただけでも凄いのに、それを取ったのが」


【英語テスト結果】


 1位 小樽海里 98点(よくできました!)


 2位 小樽優梨 95点


「ビッチギャルの小樽海里……!?」

「カンニングしたんじゃね?」

「あのムチムチエロボディで先生に色仕掛けしたとか?」

「英語も数学も女性教師だぞ!」

「百合が咲きます。大切にしましょう」


 テスト結果の前に群がっている生徒たちの間では、海里の結果を信じられない層の人間たちがアレやコレやと騒ぎたてる。


 その中で一人、わたしは目の前にある結果に唇を噛んでいた。


 海里に……負けた。

 その揺るぎない事実に、言葉が出ない。

 数学の引き分けはまだしも、わたしが95点しか取れなかったあの英語のテストで海里は98点を取った。

 今回の英語は文法の問題が多く、たまたまで取れるほど甘くない。

 それでも海里は、わたしを上回る結果を……。

 

 当然他のテストでは全てわたしの圧勝で、海里がランキング上がっていたのは英語と数学だけだった。

 しかし、今回のテストではわたしが学年1位を取ったことよりも、ギャルの海里がわたしに土をつけた事の方が生徒の中では話題になっていた。


 海里がこんなに実力をつけていたなんて……。


 悔しさと、どこにもぶつけられない怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 居た堪れなくなって、わたしはその場から逃げるように歩き出す。

 怒りによって眼球に迸る充血が周りにバレないよう、すぐに掲示板を後にしようと思ったその時——わたしが来るのを待ち構えていたように教室から出てきた海里が、わざとわたしの前に立ち塞がる。


「おやおやおねーちゃん、なんかキレてんの?」

「………」

「テスト結果見たんしょ?」

「……あなたも見たの?」

「いーや。あたしは今からだけど……さっき噂で全部しっちゃったー」


 海里はわたしを煽るようにムカつく笑顔で見てきた。


「あたしら、引き分けだよね?」

「か、海里……」

「引き分け、というわけでぇー! おねーちゃんがおにいと二人っきりで行くはずだったクリスマスデート、あたしもお邪魔しまぁーす♡」

「か、海里ぃぃぃぃっ!」


 こうしてクリスマスは混沌と化すのだった。

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