6話 テスト当日・母の逆鱗


 ついに迎えた海里と優里のテスト当日。

 俺にとってはただの水曜日でしかないが、双子の妹たちにとっては大切な一日だ。


 特に海里は、ここで1ヶ月の努力の成果を残さないと、とてもじゃないが習学院高校に進学できないと思うし、それだけのプレッシャーがかかっているからか、今朝から海里は黙々と単語帳に目を落としており、小樽家の朝食はいつもより静かだった。


「「…………」」


 小樽家では、朝食は全員で食卓を囲んで食べるという決まりがあり、今日は父さんだけ仕事の出張中でいないが、母さん俺、反対側には優梨と海里がそれぞれ並んで座る。

 

 黙々と朝食を口にする優梨と海里。

 小樽家のムードメーカーである優梨は、普段から朝食の時も母さんか俺のどちらかと会話を交わしているが今日はそれがない。

 海里も機嫌の良い日はよく喋るのだが、今日は朝食を食べながら単語帳をめくっていた。

 ながら飯は行儀が悪いのだが、海里の立たされた状況的にもこれは致し方ないと思って目を瞑った。


 海里は崖っぷちだし、優梨も優梨で学年1位をキープしないといけないプレッシャーがあるもんな……。

 ここまで無言になるくらい、二人はテストへの集中力を高めているのだろうか。

 いくらテストの日とはいえ、受験本番でもあるまいし、もう少し肩の力を抜いても良いと思うんだが……。


「ごちそうさまでした」


 優梨は茶碗と箸をキッチンの流しまで持っていくと、そのまま自室へ戻っていった。


「今日の優梨やけにピリピリしてないか?」


 俺が海里に話しかけると、海里も「ごちそうさま」と言って、優梨と同じく流しに茶碗を置いてそのまま部屋へ行ってしまった。

 なんだよ海里のやつ……無視かよ……。


「もぉ、あの二人ったら。最近また悠人に懐いたから、昔みたいに柔らかくなったと思ったのに……今日はテストだからピリピリしてるのかしら?」


 母さんは心配そうな顔をしながら味噌汁を啜る。


「最近あの二人、仲悪そうなのよね……心配だわぁ」

「きっと、同じ志望校になったからライバル意識があるんだよ」

「そうよね……でも優梨はまだしも、あの海里が本当に習学院に受かるのかしら?」

「それは……俺にも分からない。でも、この定期テストでダメダメなら話にならないと思う」


 厳しいことを言うかもしれないが、この時期の定期テストすらできないと正直苦しい。

 中3年2学期のテスト範囲なんて、これまでの勉強が基になってる問題ばかりだから、これができなきゃ基礎か備わってないことになるからだ。


「でもね。お母さんは悠人がちゃんとお兄ちゃんしてて安心したわ」

「そりゃそうだろ。俺はあいつらの兄貴なんだし」

「………」

「母さん?」


 突然無言になった母さんは顔を曇らせながら、ご飯にしゃけフレークをかける。

 そんな神妙な顔でしゃけフレークをかけないで欲しいんだけど。


「悠人……あなたは偉いわ。本当に、偉い」

「なっ!? 急に褒めないでくれよ……照れるだろ……」

「でもあの二人、つい最近まであなたに対して冷たかったでしょ? 優梨は時々棘のあることを言うだけだったけど、海里はあなたを拒絶するくらいの勢いで嫌なことを言ってた。それでも悠人は、やり返さなかったじゃない。私はその様子を見て、悠人はしっかり者のお兄ちゃんなんだなって感心したわ」

「や、やめろって母さん。俺はそんな大したことしてな」

「——あ、でも」


 優しい空気から一転、急に箸を置いた母さんは、徐にテレビのリモコンを手に取ると、テレビの電源を消した。


「そういえばこの前、あなたのズボンのポケットから、使用済みのアッポーカード10000円が出て来たの。しっかり者のお兄ちゃんなんだからアレについても説明してもらおうかしら?」

「げっ……!」


 やけに褒めちぎって来るから何か裏があると思っていたが……。

 やばい、またVチューバーの投げ銭で使ったのがバレる!!

 俺がVに投げ銭していることによって、既に母さんから指で数えられないくらいの回数説教をされており、母さんは投げ銭を悪い文化だと思っている。


「10000円のアッポーカード、一体何に使ったのかな? しっかり者の悠人くん?」

「そ、それは……」

「なーにーかーしーらー?」

「ひ、ひぃっ……」


 母さんが鬼の形相で問い詰めてくるので、俺は正直にVに投げ銭としてスペシャルチャットを送ったと話し、当たり前のように母さんの逆鱗に触れたのだった。


 ✳︎✳︎


 教室内の沈黙が、より緊張感を煽る。


「テスト、はじめっ」


 海里と優梨の義妹戦争の火蓋が切られる。

 勝負の科目は数学。


(お兄ちゃんとクリスマス♡)


 一人は己の性欲のため。


(おにいをおねーちゃんから守護んないと)


 一人は兄を守護るため。


((負けられない))


 義妹同士の戦いは意外な結末を迎える。


【2章完結】

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