5話 深淵(妹の秘密)を覗く
妹たちの定期テストまで残り一週間になった。
10月に入り秋も深まるこの時期の定期テストは、受験生にとって進路の判定にも関わる重要なテストが連続する。
ついこの前までヤンギャルだった海里は、9月からこの1ヶ月で急成長を遂げ、数学と英語だけならやっと偏差値50に届いたと思う。
1ヶ月で偏差値10も上がるのは普通なら現実的ではないのだが、海里は優梨と双子なだけあって、頭の良さは優梨と同じスペックが備わっていたのだ。
勉強中に教えた内容を後日また復習する時にちゃんと覚えていたり、他にも応用問題に楽々対応できる応用力も謎に高い。
勉強会をやる前から記憶力には自信があると自負していたが、想像以上に良かったのだ。
どうやら海里の場合はこれまで勉強に力を入れてこなかっただけで、本気で取り組めばできる子みたいだ。
天才型か……素直に羨ましい。
俺なんか中2の頃から塾に通い詰めて、なんとか中3の時に偏差値60に到達して、ギリギリB判定で習学院に合格したくらいなのに……。
どうやら俺にはあの双子姉妹と同じ天才型の頭の良さが遺伝されなかったらしい。
容姿の良さといい頭脳といい、どうして俺は双子姉妹より劣っているのだろうか……?
もし俺の世界に動画サイトみたいなコメント機能があったら有識者ニキ教えてくれ。
そんなこの世の不平不満を脳内でグルグルしながらも、今日も今日とてリビングで海里の勉強を観ているが、集中して勉強に取り組む海里とは真逆で、教師の俺は上の空だった。
「どしたのおにい。難しい顔して」
さっきから余計な事を考えていたせいなのか、どうやらそれが顔に出ていたようだ。
「もしかして俺、難しい顔してたか?」
「うん。何考えてたん? まさか女?」
「ねえって。俺のトラウマ知ってんだろ」
「ならなに考えてたん? 教えるし!」
海里はやけにしつこく聞いてくる。
はぁ……本当はあまり言いたくないけど……。
「じ、実はさ……」
「うんうん」
「お前に、嫉妬してた」
「はぁ? マジ? おにいがあたしに嫉妬とかウケるーっ!」
海里はゲラゲラと手を叩いて笑う。
そ、そこまで笑わなくてもいいだろ……。
「あんさー、もしかしておにい、あたしがめちゃ勉強できっから焦ってんの?」
「そ、そうだよ! 俺みたいな兄でも、海里に唯一勝ってるのは勉強くらいだと思ってたんだ……」
「ふーん、やっぱそうかー。だけどさ、あたしが勉強できるようになりつつあるのは『おにい塾』のおかげなんだからおにいはもっと誇っていいんじゃね? それともおにいって、自分より劣ってる女子しか好きになれない系の男子?」
「そんな嫌味な男じゃないっての!」
「とか言いつつ、本当はバカなあたしを支配したいんじゃねーの?」
「し、支配っ?」
「おにいの……えっち♡」
海里はこの勉強会で賢くなるに連れて、煽りのレベルも上がっているような気がする。あとエロさも。
「し、支配欲とか、妹にそんな感情持つわけねえだろ!」
「妹じゃなければ持つん?」
「持たねえから! そもそも俺は、3次元とか興味ねえし、支配したいとか思わねえ!」
オタク特有の早口で言うと、俺は海里から目を逸らす。
どうして海里はこんな質問してくるんだ?
自分の兄の
「ねえねえ、おにい」
「ん?」
「おにいって3次元の女に興味なくても、あたしら妹なら普通に接してるよね?」
「そりゃ……同じ血の通った妹だからな」
「ならさ、こーんな事されても、気にならないって事だよねー?」
テーブルの下にある俺の足に、海里の生足が触れた。
「っっ!? お、おいっ!」
テーブルの下で海里の生足が俺の太ももをスリスリと撫でる。
擽ったいのにどこか気持ち良くて、変な感情が込み上げてくる。
やっばい……これ、気持ち。
「んっ……」
「おにい弱々じゃんっ。マジウケる〜」
「くっ……」
なんだかこれ以上海里を賢くしたらダメなような気がする。
海里って、意中の男子にもこういうことしてんのかな……。
「はー。これならクリスマス楽しみだわぁ」
「クリスマス?」
海里は人差し指を自分の鼻に当てて「まだ秘密だし」と言うと、ニヤニヤしながら勉強に戻った。
な、なんでクリスマス……?
まだ2ヶ月もあるってのに。
海里が何を考えているのはよく分からないけど、どうせ海里は意中の男子と過ごすのだろう。その男子のために習学院を目指しているんだし、クリスマスもきっと……。
俺は海里を見つめる。
高樹も言ってたけど、兄として見なければ海里はすごい美少女だし、こんなに可愛い女子からクリスマスのお誘いをされた男子は断れないよな。
「ん、どしたんおにい?」
「わ、悪い海里。ちょっとトイレ行くから、それまで問題解いててくれ」
「おけー」
俺は席を立つと、トイレへ向かう。
リビングから廊下に出ると、ちょうど自分の部屋から出て来た制服姿の優梨と鉢合わせた。
「あ、お兄ちゃん」
「おっ、今から塾か?」
「うんっ」
やけにご機嫌な優梨は笑顔で頷いた。
「なんか良いことでもあったのか?」
「えーっとね……クリスマスが、楽しみだなって」
優梨までクリスマス……。
そりゃ俺みたいなクソ陰キャボーイと違って、美人姉妹にとって、クリスマスは一大イベントかもしれないが……まだ2ヶ月も先だぞ。
優梨って昔から浮いた話を聞いたことないけど……クリスマスが楽しみってことは、やっぱり優梨も彼氏とかいるんだろうか。
あの優梨が、彼氏と……。
俺は目の前にいる優梨をジッと見つめる。
優梨は俺に見つめられて不思議に思っているのか、目をぱちくりさせていた。
学校での優梨をあまり見たことがないから、優梨は100%優等生のイメージだし、そんな優梨が男子とイチャイチャしてるのをあまり想像できない。
でも優梨だって海里と同様に、他の女子の何倍も可愛い容姿をしてるんだからいつか彼氏ができるだろうし……。
そうなれば色々と大人なことも……するんだよな。
この前、貴樹が優梨は清楚そうな見た目してるけど中身はエロい方が最高、とか自分の妄想を語っていたが……こんなに清楚で可愛いらしい優梨でも、そういう面もあったりするのだろうか。
クリスマスが楽しみっていうのも、もしかしてそういう意味だったり。
「お兄ちゃん? 大丈夫?」
「え、あ、ああ」
きっと優梨は、俺が知らないだけで意外と彼氏いるのかもしれない。
「でもクリスマスの前にテストがあるんだろ? 浮かれてないでしっかりやれよ」
「うんっ!」
まあ優梨の場合は、俺なんかに言われなくてもしっかり結果出すよな。
優梨に対して余計な妄想した上に、変におせっかいなこと言っちゃったかも。
「ねえお兄ちゃん。もしわたしが学年一位獲れたら褒めてくれる?」
「え、あ、あぁ。そりゃ褒めるだろ。学年1位だし」
「やったー、えへへ……」
優梨はいつも学年1位をキープしてるらしい、優梨なら本当に獲るだろうな。
「なら、死んでも勝たないとねぇ……」
「し、死んでも……?」
急に野心を剥き出しにした優梨の目が刹那的に細くなったのを、俺は見逃さなかった。
「じゃあ行って来まーす」
「お、おう、気をつけて……」
俺は優梨を見送ってから、トイレに入る。
死んでも、とか……優梨ってそんなこと言わないと思ってたけど、意外と負けず嫌いなのか?
この前一緒に行った買い物の時といい、今の発言といい、優梨って昔の頃と比べて結構イメージ変わったよな。
「って、そんなことよりもさっさとトイレ済ませて戻らないと」
✳︎✳︎✳︎
用を足し、手を洗ってからリビングに戻ろうと思った時、俺はある事に気がつく。
優梨と海里の部屋のドアが少しだけ開いており、部屋の電気が点けっぱなしになっていたのだ。
「優梨の奴、やけに浮かれてたし、部屋の電気消し忘れたな?」
消しといてやるか。
俺は姉妹の部屋のドアを開けて、部屋に足を踏み入れる。
俺が姉妹の部屋に入るのなんて、何年ぶりだろうか。
右と左で二人のスペースが分かれており、入って左側が優梨、右側が海里のスペースになっている。
優梨の方は整理整頓されていて、全体的に清潔感がある。
それに比べて海里の方は乱雑に積まれたファッション雑誌が勉強机にあり、コスメグッズがあちらこちら……こんな状態だからリビングで勉強してるのか。
俺は海里のベッドの上にあったリモコンで電気を消して、部屋から出ようとしたが。
「……うおっ!」
戻る時に、海里が床に置いていた雑誌を踏んだらしく、俺はその場で盛大にコケてしまった。
「いってぇ……ん?」
俺が部屋の床で悶えていると、左側のベッドの下に、何か……。
薄暗いからよく分からないが、なんとなく見覚えのある布で、俺はそれに手を伸ば——。
「ちょっとおにい! 何あたしらの部屋入ってんの!?」
「おおっ!? か、海里!」
海里が廊下から部屋のドアを開け放った。
「やけに遅いと思ったら……まさかおにい、あたしの下着でも漁ってたワケ?」
「ち、ちげーよ! 優梨が電気消し忘れて塾に行ったから、消してやって。そしたらお前の雑誌で転んで」
「……ホントに?」
「そもそも妹であるお前の下着を盗んだところで何すんだよ?」
「そりゃ! お、おにいのことだから……お、おな、にー、とか?」
「は?」
「お……や、やっぱなんでもねえし! どうせ転売でもするつもりなんだし! この妹おパンツ転売ヤー!」
「転売なんかしないっての!」
海里と言い合いになりながらも、俺は起き上がって部屋を出る。
「ったく、おにいの変態!」
「はぁ……聞き分けの悪い妹め」
でもさっきのベッドって……左側だから優梨のベッドの下だよな。
あそこにあった布? になんか見覚えがあるというか……。
「気のせい、かな」
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