4話 トラウマ


 ——週明けの月曜日。

 またしても長い一週間が始まるのかと思うと、少し億劫な気持ちになってしまう。


 昨日は優梨とお遣いに行ったり海里の勉強を見たりと、せっかくの日曜日なのに、全然楽しむことが出来なかった。

 結局、見たいVの配信もリアタイできなかったし。


 教室に到着すると、俺は窓際の一番後ろにある自分の席にリュックを置く。


「うぃーっす、おはよう悠人ぉ」

「ああ。おはよう貴樹」


 俺が登校して来てすぐに声をかけて来たのは、前の席に座る親友の御田村貴樹みたむらたかき

 小学校の頃からの仲で、俺と同じくフツメンの非モテV好き男子だ。


「昨日の天使ヶ丘ゆるるちゃんのASMR配信、聴いたか? あの子、ドスケベなASMRやるくせに、恥ずかしがりやでアーカイブ残さないからかなりレアだったよなぁ」

「……悪りぃ、聴けなかった」

「マジ? V命の悠人にしては珍しいな? 推しVの配信はいつもチェックしてんじゃん」

「昨日はさ、妹の勉強見てたんだよ」

「まさか妹って、優梨&海里の!?」


 貴樹は席から立ち上がる勢いで驚く。

 そんなに驚かなくてもいいだろうに。


「うはぁーっ! 羨ましすぎるだろお前ぇ! 俺も優梨や海里を相手にアレやコレや教えてぇ!」

「人の妹でエロい話すんなよ。そもそもお前がそんなこと出来もしないくせに」

「うっせぇ! 妄想の中なら俺はもうあの美人姉妹に色々してるんだからな〜? 優梨の清楚デカ乳をあんなことして、海里のギャルデカ乳も」

「おまっ! 親友の妹を変な目で見るなって!」


 貴樹はいつも普通に気持ち悪いことを口にする。

 普段はいいヤツなんだけど、猥談になると容赦ないんだよなぁ……。

 そもそも親友の妹でそういう妄想するのはいかがなものかと思うが。


「ビッチギャルの海里と清楚系優等生の優梨。両極端だけど身体つきは既に雑誌のグラドルレベルだもんなぁ。お前は兄だから分からないかもしれないが、同じ中学出身の男子なら、全員あの二人でエロい妄想してる」

「そ、そういうものなのか?」

「当たり前だ!!! だから兄のお前が羨ましすぎるし、あの姉妹と同い年の男すら羨ましいと思うよ。だってあの美人姉妹のスク水とか見放題だったわけだし、あの姉妹のスク水とか見たら速攻で前屈みだろ」


 俺は兄妹とはいえ、優梨と海里が群を抜いてスタイルが良いのは知ってるし、貴樹の気持ちも分からなくはないが……。


「つーかさ、兄の悠人的には優梨と海里のどっちが好きなんだ?」

「そ、そんなこと俺に聞くなよ!」

「ええー? いいじゃんかぁー。ちなみに俺は断然優梨派だぜ。清楚なフリして実はむっつりとかだったらマジでたまんねー!」


 ガリ勉優等生の優梨に限ってそれはあり得ないだろ。

 きっと優梨は下ネタとか聞いたら赤面するだろうし、そもそも下ネタが通用するのかどうかも分からないと思う。


「悠人はあんなに美人な妹と暮らしてて何も思わねーの?」

「思うわけねえだろ」

「はぁ……お前さ、やっぱ3次元のオンナには興味ないってスタンスは変わらねえのか?」

「あの二人に性的な興味を持たないのは妹だからだ! でもまあ、3次元の女子に興味を持たないのは相変わらずだよ」

「……そっか」


 高樹は優しい笑みを浮かべながら息を吐くように呟く。

 もちろん親友の貴樹は俺の"あの一件"のことを知ってる。

 初めて出来た彼女から財布された……俺のあの事件を。


「でもさ、お前的にはが隣町の高校へ行ってくれて、良かったよな? アイツが俺たちと同じ習学院に進学してきたらあの時のことからお前が立ち直れないと思ったからさ」

「…………」

「ま、千冬ちふゆに習学院は偏差値的にも厳しかったかもしれねえけど。結局はただのヤ●マンオンナだったわけだし」

「おい貴樹。確かに俺はあいつにトラウマを植え付けられたけど……だからってあいつの悪口は聞きたくない」

「あ、ああ……悪りぃ。そうだよな、お前はそういう男だもんな」


 貴樹は謝罪しながら俺の肩をポンっと叩いた。


「まっ、俺たちにはVがある。これからも2次元のVを推して行こうぜ」

「あぁ……」


 貴樹のせいで、俺はまたを思い出してしまった。

 水野千冬。俺が中学生の頃に付き合っていた元カノの顔。

 普段から必要最低限の会話しかしないほどクールな女子で、群を抜いて美人な女子だった。

 だからこそ、中学の頃から非モテだった俺は千冬の方から告白されて勘違いして……。

 デートなどで千冬が欲しいと言ったものを貢がされた挙句、数週間後に「飽きたから別れたい」と言われた。

 信じられなかった。

 普段は無表情でクールな千冬が俺とのデートの時は終始笑顔で、プレゼントをしたら「嬉しい」と笑顔で喜んでくれたから、俺はてっきりこの関係は『恋人』そのものだと思っていた……。


 だから千冬から「別れたい」と言われた時、俺はスッと全てを理解して、それから現実を見るようになった。

 俺みたいなフツメンの非モテ陰キャのことを好きになるとかあり得ない。

 俺は千冬の財布にされていた。

 その根拠として、後から知ったことだが、千冬は放課後クラスの陽キャグループとよく話していたらしい。

 千冬は孤高の美少女だったが、俺と付き合い始めた時期から度々放課後、陽キャグループといたのを目撃されていた。

 きっとその陽キャグループから俺を財布にして遊ぶのを提案されたのだろう。

 でも飽きたから……千冬は俺に別れたいって言ったんだ。


 それを経験して以降、俺は女子と話すことや関わることを避けるようになった。

 何よりも怖くなったんだ……女子の全てが。

 女子は自分の目的のためなら、全く違う自分を演じることができる。

 現に千冬は、俺みたいな好きでもない非モテ陰キャと付き合っていた……。

 好きでもないのに告白してきて、デートして。

 いつもは見せないような笑顔を浮かべていたのも、全部、全部、嘘だった。


 もうあいつの顔は……思い出したくもない。


 俺はその顔を忘れるためにも、朝のHRが始まるまで海里に出した宿題の丸つけをするのだった。

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