9話 優梨の熱い(重い)想い


 海里とお兄ちゃんがリビングで勉強するようになってから数日が経過した。

 リビングで行われる二人の勉強会は、家族の中ですっかり見慣れた光景になっている。

 わたしが塾から帰ってくる21時くらいまでずっとやっていて、日を重ねるごとに二人の距離感が心理的にも物理的にも近づいているのを感じていた。


 海里ばっかり、ズルい……。


 わたしは完全に兄妹の中で一人蚊帳の外にされている。

 そんなある日の休日。

 今まで休日になると、海里が部屋でバカみたいにうるさい声で友達と電話していたけど、最近はリビングでお兄ちゃんと勉強をしてるから休日はわたしが一人で自習できるようになっていた。


 休日くらい、わたしもあの二人の勉強会に混ざってみようかな……。

 でも、それをしたらなんとなく海里に負けたような気がしてならない。

 海里主催の勉強会に加わるとか、おこぼれを貰うみたいで敗北感しかないもん。


 しかし、二人の様子が気になって自分の勉強に集中できないわたしは、時々リビングに顔を出しては、冷蔵庫にある麦茶を飲むフリをして、キッチンから二人の様子を観察していた。


「ねねっ、おにい。ここの英文はこれであってる?」

「ん? どれどれ」


 どうやら今は英語をやっているようで、この前学校でやった試験対策問題の内容を取り組んでいるようだった。

 海里ったら、急に真面目ぶっちゃって……どんだけお兄ちゃんのこと好きだったのよ。

 つい先週までは、わたしのコレクション(お兄ちゃんの下着)を汚いとか言って、洗濯する時は別にしろとか強い言葉でお兄ちゃんをイジめてたくせに……。


 お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ。

 こんなあっさりこれまで海里からされたこと許して……あんなツンデレヤンキーギャルより、清楚なわたしなら何でも受け入れてあげるのに。


「よし、この英文で合ってる。スペルミスもないな」

「えへへー、あたし吸収力パナイっしょ?」


 あんな距離感でお兄ちゃんとベタベタ出来るとか、羨ましい……。


 わたしはお兄ちゃんと時間を共にできる海里に悋気しながらも、なんとか気持ちを抑える。


 大丈夫……大丈夫よ、優梨。

 ここは我慢の時。


 お兄ちゃんが海里に失望した時が、わたしの攻める時だもん。

 海里は習学院高校に受かるわけがないし、距離が近いのも今だけだし、最後に笑うのはわたしだもん。

 だから今は恋愛脳よりも、目の前の勉強に集中しないといけない。

 最終的にお兄ちゃんが「海里よりも優梨だよなぁ」って気持ちになってから、圧倒的優勢な形で畳みかければいい。


「そうすれば……わたしの一強状態」


 お兄ちゃんの童貞を奪うのはこのわたし。

 お兄ちゃんとデートしたり、ホテル行ったりホテル行ったりホテル行ったり……。


「お、おい優梨?」


 いや……ホテルなんかでするより、"あえて海里のベッド"でシたら……お兄ちゃんはどうなっちゃうのかなぁ?


 海里に申し訳ない気持ちと快楽が入り混じって、興奮で頭が飛んじゃうかも〜?


「優梨っ」

「へっ?」


 わたしがキッチンの冷蔵庫の前で妄想に浸っていたら、お兄ちゃんが声をかけてきた。


「えと、お兄ちゃん?」

「さっきからずっと冷蔵庫の前に突っ立ってるから、どうしたのかと思って」


 リビングからわざわざキッチンにいるわたしのこと気にしてくれてるなんて……お兄ちゃん、絶対わたしのこと好きじゃん。


「おい、優梨?」

「そ、そんなことよりっ! お兄ちゃん、海里の様子はどう?」

「あぁ頑張ってるよ。あいつ意外と勉強出来るんだよ」

「へ、へぇ」


 優しいお兄ちゃんのことだ。きっとお世辞なんだと思うけど。


「優梨も受験勉強、頑張れよ? もし分かんない所があったら言ってくれ」

「お兄ちゃん……ありがとう。じゃあ、わたしは部屋に戻るね?」

「おう」


 わたしは麦茶のコップを流しに置いて、リビングのドアから廊下に出た。


「嬉しくて濡れちゃうよ、お兄ちゃん……♡」


 ✳︎✳︎


 翌日の昼休み。

 給食をさっさと食べ終わったわたしは、いつも通り生徒会室へ向かう。


 わたしは中学校で生徒会長を務めており、生徒会室はわたしの部屋と言っても過言では無い。

 まあ、厳密には来月10月には生徒会解散で2年生の代になるんだけど、それまでは生徒会長であるわたしのプライベートスペースなのだ。

 生徒会室に到着すると、わたしは生徒会長のみが座れるフカフカの社長椅子に腰掛け、一人げにため息を吐く。


「はあ……お兄ちゃん」


 昨日お兄ちゃんに激励されたことで、わたしの中のお兄ちゃんへの想いはさらに強まった。

 てっきり海里だけを見ていると思ったけど……さすがわたしの愛しのお兄ちゃん。わたしにも気を配ってくれて、応援してくれた。


 それだけでわたしの下半身はウズウズして——っ。


 変にアンニュイな気持ちでいたら、突然バンッと荒々しく生徒会室のドアが開け放たれた。


「おねーちゃん! 見っけ!」


 廊下から現れたのは海里だった。

 相変わらず着崩した制服で、ボタンの外れたその胸元を揺らしながら海里は生徒会室に入ってくる。


「……海里、何の用なの? ここは生徒会の人間しか入っちゃ」


 海里はわたしの前まで歩いて来ると、急に机をドンっと叩いた。


「この前はおねーちゃんが提案した勝負を受けてあげたよね?」


 わたしが提案した勝負って……義妹会議の時に交わした『お兄ちゃんを堕とした方が義妹ってことを伝える』ことかしら。


「え、ええ……」

「なら今度はあたしが提案してもいい?」

「は?」


 海里は訳のわからないことを言い出すと、わたしの鼻頭に人差し指を向けてくる。


「おにいとの"クリスマスデート"を賭けて、あたしと勝負しようよ、おねーちゃん」


 クリスマスデートをかけて勝負?

 海里は一体何を考えているの……?

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