第12.5話 とある大臣の災難

 それは、『国家保護法』という愚法が施行される約半年前のことだった。



「すみません。今、何とおっしゃいましたか?」



 閣僚会議の場で、議題についての説明をしていた俺は、この国のトップの言葉に思わず耳を疑った。


 お偉いさんに向かってこんなことを申し上げるのが失礼なことくらい重々承知の上だ。それでも俺は、確かめたかった。



「フン! 同じ大臣であるにも関わらず、あなたがこうもバカだったとは思いも寄らなかった」

「本当ですね。あなた、さっさと辞めて田舎に引っ込んではどうですか?」

「そうだな。その方がこの国の為にもなる」



 はっ? 寝る間も惜しんで部下達が作成した資料を、パラパラと捲っただけで却下する奴らに言われたくない。


 頭の軽い他の閣僚達に好き勝手言われた俺は、笑みを浮かべながら手に持っていた紙の資料にクシャりと音を立てた。

 すると、心底呆れ顔の首相が大きく溜息をつくと。



「はぁ……まぁ、いい。とりあえず、全国民の税金を所得の半分にまで上げてくれ」





「お言葉ですが、それはどうしてでしょうか?」



 財務大臣である俺が、首相の鶴の一声だけで国民の税金を上げるなんて出来るはずがない。


 困り果てた顔で聞いた俺に、首相が再び深く溜息をついた。



「そんなの、この国の防衛を強化するからに決まっているからだろうが。頭の足りないお前でも、この国がかつてない危機に侵されているのは分かっているだろ?」

「それは、理解しておりますが……」



 近年の深刻なエネルギー資源の不足により、緊張感が高まっていた周辺諸国との関係が更に悪化したのだ。

 それにより、急速に物価や光熱費が軒並み上がり、国民生活に多大な影響を与えているのだ。

 それに加え……



「先日、消費税の引き上げを発表されたではありませんか。それで、防衛費の方は賄われると首相もおっしゃって……」

「あぁ、あれな」



 すると、首相が小さく笑みを浮かべた。



「あんなの嘘に決まっているだろうが」

「嘘、ですか?」



 一国の首相が国民の前で堂々と嘘をついたというのか!?



「そうだ。あんな風に言っておけば、国民は納得せざると得ない。まぁ、確かに防衛費の方が賄われるのは間違いない。だが……」



 我が国の首相は、ニヤリと笑みを浮かべた。



「まだ足りない。俺が治めるこの国が完璧に守られるには全然足りない」

「っ!?」





 まだ、足りないだと?


 唖然としている俺に、ソファーに深く腰掛けた首相が不機嫌そうに鼻を鳴らした。



「ちなみに、今行っている減税政策も全て取りやめる。これにより、さらに下がっていた税収も上がるだろう」

「まぁ! それでしたら、あの国で作られている戦闘機も購入できるってわけですね」

「そうですな。あと、例の国で製造されている強力なミサイルも……」

「あぁ、そうだ! あと、過疎化した市町村を国が全て買い取り、そこをミサイル基地にする! まぁ、住んでいる愚民どもには問答無用で立ち退いてもらうが」

「それでしたら、我が国が抱えていた『過疎化問題』も一気に解決ですね!」

「そういうことだ! あと……」



 閣僚達の頭の悪い会話に嬉々として喋っていた首相が、突然俺の方に冷たい目を向けた。



「そういうことだから頼むぞ。出来れば、来月までには実行して欲しい」

「はっ?」



 そんな無茶苦茶な……


 蚊帳の外にいた俺に突如振られて困惑していると、他の閣僚達も俺に向かって冷たい目を向けた。



「そうよ。あなたは、首相が言った通り税金を上げなさい」

「ですが、これ以上税金を上げますと、国民の生活が……」

「フン! そんなもの、俺が知ったことではない!」

「っ!?」



 こいつ、一国の主としての自覚があるのか!?


 持っていた資料が更にぐしゃぐしゃになると、首相が鬱陶しそうな顔で手をひらひらさせた。



「それよりも、俺たちは今から国の未来について大事な話をしなければいけない。だから、貴様……いや、俺たち閣僚以外の者は全員退室しろ」

「「「「「っ!?」」」」」」



 その場にいた官僚達全員の顔が強張ると、閣僚達が邪険にするような目で周囲にいた官僚達を全員睨みつけた。



「ほら、あんたたちはさっさと出て行って!」

「そうだ。お前たちの仕事はここじゃないだろうが!」



 閣僚達の罵倒に心底悔しそうな顔した他の官僚達は、唇を噛み締めながら黙って退室した。

 そんな彼らを心底憐れみながら見送ると、首相や他の閣僚が笑みを浮かべた。



「さてさて、邪魔者はいなくなった。これで心置きなく話が出来るな!」

「そうですな。首相」



 下卑た笑みを浮かべた閣僚達は、この半年後に国民から何もかもを奪うのだった。

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