第11話 親父の言葉(後編)
「人間は言葉がある。そして、それを通して互いのことを知る。だが、その言葉自体が多種多様で、国を跨げば使う言葉が違う。故に、同じ人間同士でも意思疎通が出来ず、人々の間で色々と誤解や偏見が生まれたんだと思う」
そして、他国に行けば言葉が通じ合わないことを利用して、国のお偉いさんは自分達と同じ言葉を使う国民に対して、自分達の都合の良い国の思想を植え付けた。
そうすることで、国民に対して愛国心……いや、国に対する忠誠心を育ませたのだ。
例え、その思想が、嘘で塗り固められた歪んだものだとしても。
静かに拳を握った俺をよそに、親父は自分の手首に嵌っている腕時計型携帯端末に向かって小さく笑みを浮かべた。
「だったら、異なる言葉でも互いに意思疎通がとれるシステムを作れば、お互いに知らなったことを知れる上に、誤解や偏見だって無くなるはずだ」
「でも、それで争いが生まれるかもしれませんよ」
互いの言葉が理解出来たからこと、それが互いを憎しみ合うきっかけになり、それを国のお偉いさん達が逆手に取って、人類にとって無益でしかない争いを引き起こすかもしれない。
「あぁ、そうかもしれない。だが偏見や誤解なんてものは、大半は国の偉い人達が自分達に都合よくさせるために歪まされたものだ」
「そう、だな」
「そして、言葉が通じたことで偏見や誤解のほとんどがごく一部の人間によって歪まされたものだと知った国民達は、どこに矛先を向けると思う?」
「っ!? そっ、それって……」
親父、ただの研究バカじゃなかった。
親父の政治家らしい悪い笑みに、俺は思わず背筋を凍らせた。
「武器を使わずとも国を滅ぼすことは出来る。人間同士で生まれた誤解や偏見が解消されて、自国が明るみになれば、それを憎んだ国民がお偉いさんを滅多打ちにするか、全員他国へ逃げればあっという間に滅ぶ」
「…………」
「そして、それは俺がつけているこれ……『ワードウォッチ』で出来る」
「ワードウォッチ?」
怪しむような目を向けている俺に、親父は自慢げに手首につけている腕時計型携帯端末『ワードウォッチ』を見せてくれた。
「あぁ、これはAIが搭載されている自動翻訳機なのだが……これを付けていれば、聞き取った会話をタイムラグ無しで、翻訳された会話を聞き取った本人にだけ伝えてくれるんだ」
「確かに、それは良いな。タイムラグ無しで翻訳された会話を聞えるなんて」
「だろ? それに、自国語で話していても相手には自分の国の言葉で話しているように聞こえるんだ」
「っ!?」
それは最早自動翻訳機の域を超えているのではないだろうか?
「まぁ、それは互いがワードウォッチをつけている前提ではあるが……それでもこれを使えば簡単に意思疎通が出来る」
「……親父は、それを利用して本気で国を滅ぼそうとしているのか?」
自分の研究している最先端技術を使って、世界を大混乱の渦に落とすつもりなのか?
自分の父親に対して恐怖を覚えた俺に、親父は小さく鼻で笑った。
「フッ、そんなことをするわけないだろ。時間の無駄だ。だが、結果的にそうなってしまっても俺は必然だと思うぞ」
「必然だと?」
僅かに眉を顰めながら首を傾げた俺に、コーヒーを飲んで一息ついた親父が小さく頷いた。
「国は、首相とその取り巻き……国会議員と権力者達の頑張りで成り立っているわけではない。国民の頑張りで成り立っている。それは、政治家を目指しているお前なら分かるだろ?」
「当たり前だ。国民の頑張り無しに国の繫栄なんてありえない」
「そうだな。その国民に対して、国を離れるきっかけと手段を与えれば、国民はあっという間に自分達の住みやすい国に行くだろう」
「だろうな。愛国心の無くなった人間のとる行動としては当然のことだ。そして、その手段がさっき見せたそれってこと?」
今度こそ顔を思い切り顰めた俺に対し、親父は満足げに笑うと手首に嵌った腕時計携帯端末を左右に振った。
「あぁ、これは国民が国を離れる良いきっかけになる。そして、それを利用して自国に受け入れる準備を国のトップが率先してすればだが……」
「少なくとも、我が国の首相はそこまで頭の回る人ではない」
「ハハッ、違いない。現にあいつは、俺に『AIの力で既存の強力兵器を大量生産させろ!』と無茶を振ってきたからな。AIは何でも出来る道具か何かと勘違いしているのだろう」
まぁ、ワードウォッチが普及したところで、今の各国首脳達は他国から流れてきた国民を駒としか扱わないと思うが。
小さく溜息をついた俺をよそに、親父は空になったマグカップを持って立ち上がった。
「首相達が、今最も怯えるべきなのは、国民が国に呆れて国から離れることだ。そして、ワードウォッチの普及が国を離れるきっかけになり、同時に国民が国に奪われた自我を取り戻すことになる」
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