第9話 親父の言葉(前編)

 それは、俺が大学院を卒業して親父の秘書として働いていた頃。

 休憩がてら何の気なしにニュースを見ていた親父が、珍しく政治家っぽいことを言ったのだ。



「こうして見ると、戦争って貴族の遊びだな」

「はい?」



 この研究バカ、突然何を言い出したんだ?


 親父の横で秘書の仕事をしていた俺は、親父の突拍子もない言葉を聞いて思わず手を止めて眉を顰めた。

 すると、俺の視線に気づいた親父が俺の方を一瞥した。そして、酷くつまらなさそうな顔で頬杖をつきながらテレビに視線を戻した。



「歴史を遡っても『国を守るために』とか『かつての領土を奪還する』とか大層なことを言って戦争をしているが……結局のところ、ごく一部の権力者達が自国にある『兵器』という名の玩具を他国にお披露目するための大義名分にしか過ぎないと思うのだ」

「そうでしょうか? 少なくとも俺には、過去に起こった争いは国と民を思って始めたことだと思いますが」



 今はともかく、インターネットが発達する前の争いは、本当に国にことを思って争っていたと思う。



「そうか? どうも俺には、今も昔も自分の我欲を満たすために『『国民』と言う名の駒と土地を守るため』という随分と大仰な大義名分を使って争っているとしてか思えないのだが」

「駒って……国民は国にとって宝であり駒ではありませんよ」



 それに、一応国の中枢を担っている立場にいる人物が国民を駒呼ばわりしてはならない。俺以外の誰か……政敵に聞かれでもしたらどうするんだ。



「そうかね。俺には、戦争をおっぱじめる奴らは、国民のことを駒としか思っていない気がするけどな」 

「はぁ……」



 でもまぁ、親父が研究以外のことを……それも、一番関心がなさそうな政治のことについて口を出すなんて。


 深く溜息をつきながらそんなことを思っていると、親父は小さく鼻で笑った。



「第1次世界大戦も、教科書では『1人の少年が当時の要人を撃ったことで始まった』と書いてあるが、俺にはどうもそれには裏があると思うんだ」

「裏ですか? 憎悪の感情に飲まれた少年が持っていた銃で撃ち殺したんじゃないんですか?」

「そうかもしれないが……それさえも戦争がしたいがために、国が自ら工作して仕組んだものだとしたら?」

「っ!? そっ、それは……」



 確かに、要人警護がされている状況で年端もいかない少年が、その間をかいくぐって要人を撃ち殺すなんて本来なら不可能……


 言葉を無くす俺に対し、親父は小さく溜息をついた。



「そもそも、立場がどうであれ人が人を殺しただけで国同士の戦争をおっ始めるなんて、よくよく考えてみろ。あまりにも短絡的すぎるし杜撰すぎるだろ?」

「たっ、確かに……」

「それに、長期的になるかもしれないが、国民レベルで他国のことを理解しておけば、極論になるが戦争という最も非効率的な国際交流は回避出来るはずだ」



 確かに、極論になってしまうが国民レベルで国際交流を深めれば、戦争という選択肢を選ばずに済む。



「それを分かっていて、今も尚そうしないのは?」

「各国のお偉い人達が、そっちの方が非効率的で面倒くさいと思っているからだ」

「なるほど」

「それと、他国にばら蒔いている嘘を自国民に知られるわけにはいかないから」

「嘘?」



 首を傾げる俺を見て、親父は呆れたように笑った。



「そうだ。国を維持するために、国のお偉いさんは国民に都合の良い嘘をついた。そして、それは何代にも渡ってつき続け、新たな嘘を作り続けた。その結果、国同士で誤解が出来て、それが争いの火種になる。本当は、国のお偉いさんが都合の良いようについた噓でしかないのに……国民はそれを知らずに真実だと捉えてしまうんだ」

「…………」

「そうして、国民レベルで憎しみ合うことで争うお偉いさんは国同士で争う大義名分が出来る。それで、感情が高ぶったところで争いが勃発。すると、国は新しい玩具をお披露目すると同時に莫大な利益を生まれる」

「っ!? まさか、本当に新しい玩具の披露をして、あまつさえ利益を生み出そうと目的で争いを!?」

「大方そんな感じだろ。国同士で争う理由なんて所詮そんなものだ。そうして争いが終われば、安全地帯で無事に生き残ったお偉いさんたちは、素知らぬ顔で争いによって生まれた莫大な利益を使って国家運営の傍ら、新しい玩具を作っていくをしていく……大勢の国民の命と犠牲にしてな」


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