第6話 兵器も愚民も同じ部品

 頭が悪すぎて話が通じない国のトップに頭が痛い俺は、一度冷静になろうと大きく深呼吸した。



「憲法に記載されている『国民』とは、国家を構成する者です。ですから、あなたが言う『愚民』もまた、この国を構成する立派な『国民』なのです。ですから、歴代首相の悲願を果たすことを理由に、国民から全てを奪っていい理由にはならないはずです」



 それに加え、国同士の争いや急な軍備拡張のお陰で大多数の国民は毎日の生活を維持するのに必死になっている。

 まぁ、それが目の前の首相の思惑通り、国民から政治への関心を向ける余裕を無くすことになってしまったのだが。



「ふん! 若いやつには分からないだろうが、3回目の大戦はもはや避けられない。それも、今度は世界全体を巻き込んだ大きなものになる。だとしたら、その準備をするのは当然のことだろうが!」

「だとしたら、そんなことをすれば先の大戦に二の舞になることは分かっているはず……」

「違う! 先の大戦とは状況が随分と変わった!」



 どこが、どこが先の大戦と状況が変わったというのだ? エネルギー資源不足を理由に国同士の争いさえも始まってしまった。

 そして、それを火種に世界は三度目の大きな争いが起こそうとしている。これのどこに、先の大戦と状況が変わったというのだ?

 何も、何も変わっていないじゃないか!


 咎めるように鋭い視線を向ける俺に、首相は得意げな笑みを浮かべた。



「だから、俺は『国家保護法』を施行した。これで、歴代首相質の悲願が果たされ、我が国は再び世界からなめられない国になる!」



 何を言っているんだ? 『国家保護法』は完全な国を破滅させる完全な悪法じゃないか。


 そう思いながら、俺は昨日読み込んだ国家保護法をある一文を思い出した。





「では、『他国から飛んで来た飛行物体や排他的経済水域内に侵入してきた戦艦に対して、我が国が保有するAIに作らせ、犯罪者達を乗せた戦闘機や戦艦で問答無用に撃墜すること』が、世界からなめられない手段だというのでしょうか?」

「そうだ。今まで散々我が国に土足で踏み込んできたのだ。来たものに対して我が国がどうしようが勝手なことではないか。これは、国家としては立派な正当防衛」



 正当防衛? 過剰防衛の間違いだろうが!


 こみ上げてくる怒りを何とか抑えた俺は、小さく息を吐くと真っ直ぐに目の前の人物と目を合わせた。



「そして、撃墜してきた物体は、撃沈した我が国の戦闘機や戦艦と共にAIが作ったドローンで回収して、巨大軍事基地に運ばれた後に解析と修繕した上で我が国の戦力とすると」

「そういうことだ。他国からの兵器とはいえ、愚民と同じ限りある資源だからな。我が国のエネルギー資源として有効に使わなければ」



 だったら、最初からこんなバカげた法律を施行しない方法を模索して欲しかった。

 俺が海外を飛び回っている間に施行された悪法によって、我が領土は壁で守られた首都以外の場所には、至るところに飛来物が落ちてきた穴ぼこだらけで、今この瞬間にもどこかが火の海になっていると分かっているか?

 そしてそれを、『愚民』と蔑んだ国民達が手作業で穴ぼこを埋めたり、火の海を鎮火させたりして、どれだけの苦労を強いているのか分かっているのか?


 どこまでも愚かな首相に呆れ果てた俺は、小さく溜息をついた。



「では、1つ聞きます。あなたにとっての国民って何でしょうか?」



 静かに問い質した俺に、首相はフンと鼻を鳴らすと目の前に注がれていた高級ワインの入ったグラスを手に持った。



「そんなの国家の部品でしかないに決まっているだろう」

「国家の部品?」



 静かに目を細めた俺に、首相はゆっくりとグラスの中身を回し始めた。



「そうだ。我が国の人間として生まれたのならば、国のために尽くすのが至極当然のこと。『自分の夢を叶える』なんてしょうもないことに時間を使ってはならない。そもそも、国民が『自己実現』なんて大それたことに人生を捧げるなんてあってはならない。国に尽くすことこそが、我が国に生まれてきた意義であり責務であり喜びなのであるから」



 これはまた……とんだ時代錯誤なこと言うな。確かに、争いが絶えなくなった世界で、今までのように楽観視してはいけないことは何となく理解出来た。

 だからといって、それを国民の意思を一切聞かずに強行的に国民に押し付けるなんて……我が国はいつから蛮族国家になったのだ?


 小さく笑みを浮かべる首相に、静かに椅子に座った俺は膝の上に置いていた手をそっと拳に変えた。



「それでは、あなたもまた、国家の部品ということになるのでしょうか?」

「そうだ。ただし……」



 グラスの中身を飲み干した首相は、そっとグラスをテーブルに置いた。



「俺の場合は、神に選ばれた人間だけどな」

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