第3話 国家保護法

 それは、既存エネルギー資源を巡って国同士の争いのみならず国内での紛争が過激化して始まって1年が経った頃。

 我が国では、安定しなくなった世界情勢や強行採決させた増税により、国内の治安はかつてない程に不安定になり、凶悪な犯罪が日夜メディアを騒がせていた。

 そんな中、国会では、国民には内緒で閣議決定された法案を速やかに可決させていた。そして、通常国会が閉会した翌月、その法案は法律として唐突に施行されたのだ。


 その法律の名前は、『国家保護法』。


 それは、深刻なエネルギー資源不足の早急な解消と自国防衛強化による周辺諸国との平和的関係の構築・維持のために制定された法律……なのだが。



「実際は国民の人権を蔑ろにした悪列極まりないものだったんだよな」



 呆れたように深く溜息をついた俺は、再び淀んだ空に目を向けた。


 可及的速やかに施行された『国家保護法』は、全ての地方自治体の権限を全て国が取り上げ、水道・ガス・電気・通信・流通など国民生活を支えるライフラインを片っ端から国営した。

 これにより、国は国民に対して水以外の資源エネルギーの供給を意図的に止め、テレビやインターネットなどでの情報発信を『国内にいるだろう海外のスパイに我が国の情報を知られてしまう』という今更な理由で全て差し止めたのだ。


 さらに、民間企業や国民に与えられた全ての権利と財産を国有化し、12歳以上の国民全員を国が指定した仕事に強制従事させたのだ。

 これがきっかけで、第三次産業は瞬く間に衰退し、第一次産業と第二次産業は急速に伸びていった。

 そうして、我が国の領土の大半が、田畑や畜産に林業に適した場所に成り果てた。



「とはいっても、医療関係や介護関係などライフラインに携わる者達や二頭身以内に第一次産業や第二次産業に携わっている者達に対しては、その仕事を宛がっていたんだよな」



 それに、市街地を巨大軍事街にしたことにより住む場所が無くなった国民に対しては、国が住む場所を提供していたし、政府が支給したタブレットを使って国が指定したノルマを達成出来れば、一日に一回だけ電気・ガス以外での物資をドローンで運ばせていたため、国民が衣食住に困ることはなかった。



「だが、それは国に対して一切害をなさないと総理大臣が判断した国民のみだった」



 灰色に淀んだ空を睨んだ俺は、タブレットで道府県の県庁所在地の一覧を開いた。



 先程も言ったが、国は『国家保護法』を施行した直後、道府県の県庁所在地の市街地に住んでいる国民を全員、国が用意した住居用の建物に強制退去させた。

 そして、誰もいなくなった市街地を親父が研究開発しているAIによって、巨大な軍事施設街に作り替えたのだ。

 その街は、どんな攻撃にも耐えられる堅牢な作りをしており、そこには国……ではなく、首相が必要と認めた地方議員や『上級国民』と呼ばれる有力者共が住んでいた。



「そして、刑務所に収容されていた犯罪者どもや国の意向に反対する奴らは、首相の名の下に問答無用で国防につかされた」



 再び深く溜息をついた俺は、遥か遠くに見える灰色の巨大な壁を見やった。


 犯罪者どもや反対する奴らが国防につかされた理由はとてもシンプル。

『国を意思に反する者は、贖罪として国の壁になるのが当然』という、国会議員どもの歪んだ考えから導き出されたものだった。



「まぁでも、この愚法が施行されたのは『国会議員が無駄遣いしまくって歳出が歳入を上回ったことで国の維持が困難になったから』という国民が聞いたらもれなくデモが起きるものだったからなぁ」



 心底呆れたような顔をした俺は、AIによって作られて自動操縦されている戦闘機に乗せられた犯罪者達に対して、少しだけ心を痛めた。



「それに、今の……いや、前首相が世界に対してあんな演説をしなければ、この国はもっと穏やかなものだっただろうに」



 そう、愚法を布いて調子に乗った総理が、あんな馬鹿なことを言わなければ……

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