第4話 光と闇

自分で考えだしていて何だがあまりに恐ろしい。それに、あまりに自己顕示欲的なものの暴走に見える。私を警察が狙っている。この一節のみ聞くと私が犯罪者のような、いや記憶のない私からしたら絶対にそうでないと言い切れない。記憶を失った一週間ほど前の空白に何が起きていたのか、それがはっきりしない限り私がこの警察署から出る正当性は不確かなものだ。

それから二時間、私は黙秘を続け、一旦的に取り調べを終える。その間、決まりきった台詞の繰り返しで聞いている身としては精神の修行じみたものを味わった心地だ。私は警察署での貴重な栄養分のゼリーを静かに吸っている。脳へのしっかりとした栄養分なので黙って摂取をしているが、何だか変な味だな。そう思って成分表示を確認する。ど、どりあん。最近はゼリーにドリアンなんて入っているのか。匂いは抑えられているからか、気づけなかった。私はあまり博識ではないが、それなりの知識があると自負している。しかし知らないことは、叩いたら出てくる埃のようにあるらしい。成分表示に、テロメガ、という成分が入っているらしい。あとで調べてみるか。ん、私の仮説が正しければ、私の敵は、警察そのもの可能性があるのだろう......しまった、警察から提供されたものを口にしてしまった。糖分が取れると思って考えなしに行動してしまった。私の知識が浅いだけである事を願うが、このテロメガという物質が一体何なのか、知る必要がある。思考を巡らしていると、何だか眠気が襲ってきた。視界が霞んでいく。狭い部屋の中で私は倒れ込んだ。瞼を閉じてしまう前にこうつぶやく。まだ、殺す事はできないはず......だ。


         ***


理由が必ずあるはずだ、これは今回の事象に限った事じゃない。だからこそ世界は、この世の事象は必ずその全貌を明らかにされていく。僕はその隠せない尻尾を引き摺り出すだけだ。こんなことはやろうと思えば誰にだってできる。難しく考えれば、尻尾に湿り気がついて掴みにくくなるだけだ。そうでしょう、西海先生。

そうして僕は関東庁、東京部の中央警察署に足を運んでいる。この部署で最も話が通じるのは警視正 蟻生 艦永 (ありお かんえい) 彼は情報局の末端でもあったらしい、そこから刑事か。無理もない、情報局の仕事は、日本の四権と言われる、情報権の管理を担っている。高給取りではあるが、やりがいを感じるには困難な仕事だ。これはあくまで噂だが、情報局中核は人権を度外視しているなんて言われている。そこを任される人間は何かしらの逸材らしい。とにかくコンタクトを取る必要がある。署の前で電話をかけるという一見すると不審な行為は、事態の変化にすぐさま対応する為の策なのだ。先生とは二週間以上顔を合わせていない。その理由が分からなかったというのが気にかかる。しかし、このような形で明るみに出るとなると、やはり何か感じざるおえないという訳だ。電話を取り出し、この署にダイレクトにかかる番号を入力する。

携帯が振動し、三コールほどで、アクセスできた。

「はい、こちら東京部中央警察署、交通課です」

「私、現在そちらに留置されている西海歩准教授の大学の生徒なのですが、面会を希望したくて」

「はい?」

「名前は 尾灯 樹(びとう いつき)関東統一大学の三年生です」

「なるほど、ではこの電話はアポということでしょうか」

「はい」

続け様に警察は、淡々と言った。

「ですが直接の受付となっておりますので、予約等はお断りしています」

「勿論今からそちらに伺わせてもらいます」

それからいくらか話して、面会受付を取り決める段階にきた。

面会を取り決めるにあったて、その男は現れた。背の高い、すらっとしていて、黒い眼鏡が、少し低めの鼻にかかっている。

「西海さんの面会ご希望者ですか」

蟻生だ。

「ええ、そうです」

この段階で、この男が出てきたとなると、まだ上の人間しか知らない事実がありそうだ。

蟻生は言った。

「大変申し訳ないのですが、この署の面会規定上、現在の時間帯には面会をお断りしていまして」

「そうでしたか、これは大変失礼しました」

「いえいえとんでもありません」

受付の人間の顔を伺ってみたところ、嘘を吐いてはいない。しかし、この時点で、受付を受諾しようとしたということは、やはり知っていることに差異があるはず。嘘ではないと言ったが、それは今作られたのではないだろうか。規定は、そうすぐには施行されないが、この部署ではそれが成り立っているとしたら、でなければ、ここで蟻生の出てくる必要は皆無だ。しかし、こちらがそれをどうこうすることはできない。故に聞いてみる。

「いつの時間帯が都合が良いでしょうか」

蟻生はかけているメガネをかけ直して言った。

「それは取り調べの状況次第なので、断言しかねます。ただ、こちらがあなたの都合になるべく合わせることは可能かもしれません」

なるほど、上手い逃げ口だ。あくまで可能性、そう言うことによってこちらは後にどう対応されようと文句を言いにくくなる。というか、側から見て不自然じゃなく見える。

警察を何の根拠もなく、悪者と見做しているわけではない。まず、今回の先生が拘束されるに至までの経緯。断片的にしか情報が公開されていないので断言はできないが、あまりに状況がそろっている。映像記録が残っておらず、後の検証で、先生の指紋がカメラの電線に付着していたとの事。しかもいきなりの病室で自殺教唆、二人の人間関係は今のところ不明。これだけ穴だらけで出鱈目じみた状況下で、一つの足もつかないだろうか。先生ならそれを考え出せるかもしれないが、やはり死因が引っかかる。“自殺”つまり先生は自殺教唆の罪を問われている。

今回の事件について何か断言する事はできないが、一つだけ、先生について断言できることがある。

誰かに自殺をさせたりしない。自殺を試みようとることも、まぁあるかもしれない。しかし、誰かに自殺をさせようとする事は、先生にしてみれば、闇に闇を注ぐようなものだ。

システムに簡単に見つかるような仕掛けに加え、殺害理由の矛盾。僕の勘だが、何かが、働いている。何か、凶悪じみたものがこの事件の背後で胡座をかいている。

少し僕は思案して、こう言った。

「そうですね、私は面会ができればいつの時間でも構いません。ですので、何か希望があるとすれば、今後、2日以内に必ず時間を作っていただきたい。数分でも構いません」

1日以内では条件が厳しすぎる、3日は先生に万が一のことが起こるのに十分すぎる。故に2日だ。蟻生は短髪の髪の毛をかきあげる。

「分かりました、検討しておきます」

そうして僕は警察署を後にする。

空を見上げると、夕空をいくつもの飛行線が泳いでいる。いつも空を見上げると考えてしまう。純粋な空だけの景色はもう日本にはないのだろうか。バス停の電子掲示板を確認する。30分後、目的のバスが来る。すぐそこにある、公園で時間をつぶすとしよう。

何だか、奇妙な感じだ。周り一帯は自然とは程遠い、人間の文明を感じさせる景観なのに、公園という空間に入った瞬間、そこはもう先ほどとは別の場所だ。木々が繁茂し、背の低い草原があった。風でざわめく植物が奏でる音楽は芸術作品を見た時の心の動き、ムーブそのものだ。これを自然に帰ると言うのだろうか。これは誰もが感じるものなのか。心が常温に近い水の中を漂う、そんな心地で

ベンチに腰掛ける。

僕は人よりも敏感な方だと思っていたのだが。リラックスしすぎていたのだろうか、隣に腰掛けている男性にまるで気づかなかった。その人はスーツ姿で、少し胸元を着崩していた。短髪のオールバックで、通常なら気取るのに時間がかからない程に横柄な態度で腰掛けていた。肌の血色は良く、上の空だった。いや、これは違うのかもしれない。切れ長の目はこちらを目の端で捉え、開口一番にこう言った。

「いいお天気ですね、死ぬにはいい日だ」








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シンカタイカ @huyutki2375

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