第2話 人工全能者

最近の私はついていない。スーパーのレジで明らかに空いているレジを選んだかと思えば、会計している客が小銭をばら撒き、隣の混んでいた列は難なく進んでいく、そちらに乗り換えたて私の会計の順番が来たかと思えば、品をレジに通した途端に故障。この間も、雨上がりの日にワォーキングをしていたら、水溜りにバイクが突っ込み、そこで私に引っかかりそうになった。幸い、いや幸いでは無いけど、それは避けられたのだけれど、避けた先で犬のフンを踏みそうになり、すんでのところで踏ん張れたかと思いきや、耳につけていたイヤホンが私を置き去りにして犬の糞に見事に着地してしまった。つくづくついていない。ただでさえ、看護の仕事は鬱憤が溜まるのに、日常でリフレッシュできなくては、泣きっ面に蜂を刺されるどころか、傷口に釘だ。

患者の日課の完了の確認をした後、精神疾患者の日常観察記録の整理などに追われている時だった。ナースコールが鳴り出す。私はデスクワークに追われていたために、少しため息をつきそうになる。しかし、この音に感情を持つことは間違っていると思う。こういう作業に誠心誠意込めるとか、面倒と思って悪態をつくとかは、なんとなく違うと思っている。そうして私は例のように立ち上がる、相変わらずこういう状況においては私一人の時が多い。その事実にため息をつかざるおえない。さて、場所は三階389号室西海さん。ナースコールがなると同時に病室の映像が、モニターに中継される。モニターを覗いてみると、真っ暗だった。、繋がっていない。不具合かな、今朝は問題なかったのに。ここの病室のカメラだけなのかな。一にも二にも患者の安否確認が優先。不安で重くなっていた足取りが職業病に近い何かによって羽のように軽くなる。私は昼間の雑然とした病院を走り抜ける。白い壁の連続した廊下を見ているとつい、瞑想しそうになる、しかしその集中が目的をより明確にする。しばらくすると、数メートル先に先輩がいることに気づく。

「先輩、389号室、ナースコール、中継されません」

先輩は私の様子と、言葉から状況を理解し、病室に向かう。しかし私はここで大きなミスに気づく。館内アナウンスの存在を忘れていた。先輩はおそらく気づいている、ここからの距離と近くのアナウンスできる場所では389号室の方が近い。私の慌てふためく様子からそこも汲み取ったのだと思う。そして、先輩と私の階段を駆け上がる音が周りの静かさの反面少し響く。私が夢中で駆け上がっていると、三階についた途端先輩が言った。

「あなた、そこで何をやっているの」

私も三階にかけ上がりその途端今度は389号室が大きな音を立てて開いた。先輩と私は呆気に取られていた。息を切らしながら、そこに膝をついて立っていたのは、そこの病室の患者だった。


      **数分前**

最近の病院というのはナースコールがなると病室の映像が中継されるはずだ。しかし、おそらく中継は繋がらないだろう、ナースコールのみ繋がるようになっているのではないか。相手は確認をしようとしているのではないか。そう、確認、私があの看護師を怪しんでいるかいないかの確認。ナースコールは看護師の携帯にキャッチされる事は勿論把握している。相手はそれに気づくことは範疇にないのだろう。だから今私ができることは、ドアを開けさせないことだ。ドアのスライドするレールに電球を取り替える棒を挟み込む。これは、こっちの確認にもなるわけだ。あの看護師が黒か白か。負傷した体を引き摺りながら自分のベッドへと向かう。向かいに眠っている男性のナースコールを使っても良かったが、それはこの状況ではほとんど意味がない。というかそれをすればこちらの確認が確実じゃなくなる。私はベッドの柵に捕まり、ナースコールのボタンを押そうとした。待てよ、考えてみれば向かいにいる男性。位置的にも、この人は私の監視ではないか。ん、いや待てよ。誰かは知らないが私を狙う者は私をすぐには殺せないのではないか。しかしこのままでは不都合でしかない。どうする、今は狸寝入りをしているがおそらくナースコールを押せば行動に出ると思う。押すその瞬間まで行動に出ないという事は......確実な条件が必要なのではないか、相手は下手には動けない。それは私が気を失ってから目覚めるまでに死んでいない事が裏付けている。少なくとも私から聞き出さなくてはならない事があるのでは。とすると、私がナースコールを押して確定する事は......看護師の発言から、私の記憶ではないか、つまり事故の時の記憶、もしくは事故に至るまでの記憶。私の推測でしかないが、やはり狙はれる理由は私の独自研究が何かの足掛かりを掴んだとしか思えない。近年異常に発生している自殺。私は何かを掴んだ。ならば、意を決してやってみる価値は大いにある。そうして私はナースコールを押す。事は私の予想より早く起こる。こんま数秒、後ろを振り返ろうとすると、背中に鈍い痛みが走る。やはり後ろの男性は私を殴打した。怪我人からしてみれば激痛だが、健康な人間からすればおもちゃのブロックを踏んだ時と同等の痛みと思っていいだろう。しかしこれでわかる、私を簡単に殺すことはできない。男性は入口の方を見て、ドアに電球交換の棒がつっかえられているのを視認した。そうして満足げな足取りで入り口へ向かう。きっと確信したのだろう、相手からすれば私が黒である事を。私は入り口へ向かおうとする相手を呼び止めた。

「私は知っているよ、大量自殺の原因」

男性のあしどりは止まる。

「そうかい、ならあんたは殺されるな」

「あんたらが何故そんな事をするのか、それも知っている。いや、見つけた」

殺される、この発言はおかしい。今まで確認されてきた遺体は、厳密な検証の末自殺であることがわかった、それに全て、全てと言えるほどその遺体は見つかっている。厳密な検証はオールノウシステム(allknow system)によって行われる。それを欺くのははっきり言って至難の業だ。このシステムは日本に在住する人間の戸籍や、身体的特徴、個人情報、ましてや性格まで分析されている。宇宙の衛星から、私達は常に見張られている。恐るべきはこのシステムは運営を自己で行っていいる事だ。人がメンテをする以外大抵が自立している。絶えず人の情報から進化を続けている。いわば人工の全能者。このおかげで、犯罪率は下降の一途を辿っている。犯罪の難易度が高いと言っていい。仮にそれを欺けるとしたならば、それほどのもが私を狙う事になる。ここは一か八かのはっぱをかける価値がある。こちらに鼻を向けて、男性は言った。

「何を言っているんだ、あんたは」

「私をまだ殺すことはできない、そうでしょ」

「いずれは殺せるさ」

「裏を返せば、システムを欺いて殺人が行えるということ、それ程の者がシステムの完璧性を知らないのだろうか」

そういうと男性は声にならない声を息を吐き出した。

「それは」

システムの完璧性、つまり故意にシステムを欺ける、またはその意に該当する発言をした者は無条件で上空の飛行船から勧告を言い渡され、拘束の対象者となる。

「つまり、あなたはゲームセットではないでしょうか」

すると、目の前の男性は一歩後ろに下がり、目を狂気なほどに回転させ鉄が擦れるような音をたてて歯軋りをはじめそのうち泡を吹いた。拘束をそこまで恐れる理由があるということか。男性が俯き、その時耳に埋め込み式のイヤホンがあるのを目視した。痛そうだな。ん、いや待てよ、それじゃシステムに永久管理されているようなものじゃないか。男性は次の瞬間拭いた泡を吐き捨て、ポケットから出した錠剤を飲み込んだ。そしてこう言った。

「どうなるのだろうか」













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る