セリス

「選べ」


「え?」



 セリナは右手の黒槍をセリスに向ける。



「これにお前が触れれば、私がお前にガイアの魔力を与えて聖女にしよう。

 だが聖女になれば、お前は今までのお前でいることはできぬだろう。

 世界はお前次第となる」


「今起きていることに抗うことができるということですか?」



 そのときセリスはすべてを理解できていたわけではないが、力を求めて黒槍に触れる。

 それは過去に2回経験したガイアの魔力。少し違う感覚はあったが、確かにガイアの魔力がセリスに流れてくる。

 過去2回とは違い圧倒的な量と質であるが。そして同時にセリスはあるものを見る。



 魔法聖騎士学院に通うセリス。だが隣にいるはずのファノンはいない。

 エルザともまだ打ち解けていないようで、まだヴァルキュリア戦術も使えていない頃の記憶。

 そしておかしなことにセリスは気づく。ファノンもそうだが、この記憶では騎士団が第5騎士団までしかなかった。

 確かにセリスがよく知る世界ではあるが、所々で違う世界。

 少しだけセリスは期待する。もしかしたらこの世界では母親が生きていて、会うことができるのだろうかと。

 だがそこは変わらないらしく、町中で偶然会った父親。

 ベントと二人きりの家族なのは変わらないらしい。

 そしてここでのベントも、やはりベントであった。

 一人娘であり、たった一人の家族であるセリスを溺愛しているのがわかった。



「っ――――」



 蘇る記憶。突然ベントが顔に手をやり苦しみだす。

 周りでも同じように苦しみだしている人々の光景。

 そしてセリスの目の前で、ベントはボコボコと身体が膨れ、魔物化した。

 さっきと同じでなにが起きているのかセリスにはわからなかったが、それはこの記憶のセリスも同じようだった。



 あとでわかったこと。魔力に対して一定以上の抵抗力を持つ人以外は魔物化してしまう。

 そしてその元凶、黒い霧をまとった少女。

 薄っすら鱗のようなものが肌に見える。身体に合っていない大きな黒い翼に尻尾。

 この記憶ではその少女をリリスと呼ぶようになった。


 その少女に意識と呼べるようなものはないようで、ただフラフラと彷徨い、現れては消える。

 たったそれだけで人は滅亡と言えるほどに世界は変わった。

 リリスを倒すために何度も騎士たちは挑むが、どんな攻撃もリリスには届かない。

 黒い霧が阻んでいるようで、騎士団長クラスでもそれは変わらなかった。

 人類はさらに数を減らし、最終的にはルーク騎士団に集まった者たちだけとなる。


 最終的にルーク騎士団の団長になったのはレイア・メディアス。

 これはルーク騎士団の団長であったシンが譲った格好で、副団長にシンとセリスが就く。

 もう一人の聖女候補であったエルザともルーク騎士団で戦友となる。

 リリスに攻撃が届かないという問題があったが、なぜかセリスとエルザに関しては多少違った。

 これは二人が聖女候補であるということ。言い換えると、ガイアの魔力を有しているから。

 このような推測や検証から、セリスは聖女の魔力を用いたオリジナルの魔法研究を始める。

 同時にレイアからはヴァルキュリア戦術の訓練も受け、豪炎の2枚羽まで発動できるようになった。

 そして3度目のガイアの魔力を宿して、セリスはたった5000人しか残っていない人々の希望となる。


 エルザも風のヴァルキュリアを使えるようになるが、ガイアの魔力を受けるのは2回が限界であった。

 たった2人でリリスと戦うには戦力不足であり、それゆえにセリスはリリスだけに特化した魔法を完成させる。


 リリスはガイアの魔力であり、それゆえにガイアの魔力を持つ聖女は攻撃が通るという仮説が立っていた。

 そのためセリスは、リリスの魔力に関与する魔法を開発する。

 攻撃が通るセリスであれば影響を与えることは可能。

 それを利用し、リリスの魔力を中和する魔法だ。

 だがこれにも問題があった。一定以上の魔力の強さがなければならなかった。

 レイアですら実力通りのダメージを出すことはできていなかったのだ。


 そして最後のときが訪れる。

 神出鬼没なリリスが突然ルーク騎士団の拠点に出現。世界で最後の町と言い換えることもできる。

 最後の町の人々が魔物化し、エルザも黒い炎に焼かれてしまった。



「ガ、ガイアの魔力で、過去に戻る魔法を――作ったのだろう?」


「なぜそれを!?」


「アレを――――倒すには、セリスと同等の者が3人――は必要だ。

 過去に、行って、聖女の研究――を止めろ」


「ダメだ。レイアとエルザがいればやれる」


「セ、セリス――何回戻った?」


「…………」


「時間を越える魔法。いくらお前――でも、限界はあるはず。無駄にするな」




 レイアの説得もあり、セリスはこの時代を諦める選択をする。

 それは今まで共に戦ってきた戦友を失うことでもあったが、セリスはそれを飲み込む。

 レイアの最後を見届け、文字通り世界で一人きりになったセリスは過去へと渡った。


 今までセリスが時間移動をしたのは2度。だがその2度ともさかのぼったのは2年という短時間のタイムリープ。

 だが今回はその倍以上だ。そのせいなのか、3度目の今回は今までと違った。

 この時代の子どものセリスが別にいて、時間をさかのぼってきたセリスは大人の姿だったからだ。

 このタイムスリップでセリスは、言葉による魔力研究の中止に動いた。

 しかし結果を知っているセリスと違い、この時代の人はそうではない。

 国外からの忠告はこの時代にもあったが、それはセリスがいた時代も通ってきた道。

 外からの言葉では変わらないという考えから、研究所への資金を工作で奪っていくという手段も試すが結果は同じであった。


 大きな時間移動はこれで限界だと感じていたセリスは、やりたくはなかったが実力行使で止める他ないと心に決めて過去へと飛ぶ。

 しかし大きな時間移動の調整が少しズレてしまい、考えていたよりも数年過去へと戻ってしまった。


 そしてその時代で魔力暴走してしまった少年と会ってしまう。

 ガイアの魔力によって聖女となったセリスは、その少年がなぜ魔力暴走しているのかを理解できた。

 魔力暴走はガイアの魔力と相性が良すぎて反応しているのだ。

 だがガイアの魔力は人の持つ魔力と違い、質もそうだが量も膨大。

 そんな魔力はセリスですら持て余してしまうだろう。

 セリスは魔力研究で調整された魔力を宿しているが、それでも3回目のとき1週間は動くことができなかった。

 それを少年はなんの調整もない純粋な魔力が流れ込んでしまっている状態。

 あのような状態になれば、命を落としてしまうのは当然と言える。

 だが今のセリスはこれを理解でき、感じることができた。

 気休め程度のものだとわかってはいたが、少しだけ少年の身体にある魔力を調整。

 同じガイアの魔力を持つ、セリスだからできることであった。

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