第44話 確かにあるもの

 そしてセリナとの訓練が終わってからは、そのままお風呂に直行というパターンが定着していた。



「今日もセリナさんには触れることもできませんでしたね」


「はい。ライトニングの神聖魔法が使える方がいなかったら、きっと一〇回は重傷になっていますよ」



 エルザの言葉にセリスも同意をする。そんな二人を尻目に、セリナは最初に身体の汚れを落とし終えて湯船に浸かった。

 そう間を置かずにセリスたちも湯船に浸かると、エルザが感慨深げに話し始めた。



「この三人でこのような時間を共にするなんて、入学当初は思ってもいませんでした」


「確かにそうですね。特にセリナさんは一人でいることがほとんどでしたし」



 二人が視線を向けても、セリナは湯を堪能しているようで目を閉じたまま上を向いている。

 こうして時間を共有するようになってはいるが、今も口数は少なめのままだ。

 そんなセリナを見て、セリスは意を決したような顔で問いかけた。



「討伐訓練のときも……ヘリオドール研究所のときも、どうして助けに来てくれたんですか? 今はこうしてヴァルキュリア戦術の訓練まで」


「……私の助けは不服か?」



 少しだけなにか思案したような顔でセリナが答えた。そんなセリナに一瞬焦ったような顔を見せたセリスが、少しだけ悲しそうな顔で訊ねる。



「そうじゃないんです! ただ……学院ではけられていたようですし、私を嫌っているのではと思っていたので」


「……そう感じさせてしまったというのはあるのだろうが、べつに嫌っているわけではない。

 これは私の問題で、自分自身に苛立いらだちを感じていただけだ。

 むしろお前はよくやっていると思う。ヴァルキュリア戦術にしても、私よりも発現できるようになるのは早かったからな」


「そうなんですか?」



 エルザが意外だというような顔で反応すると、セリナは少しだけ表情がやわらげてから言葉を続けた。



「私は発現まで二週間かかったからな」


「……セリナさんはどうして学院に? セリナさんほどの実力があれば、ギルドの実績から入団試験を受ければどこの騎士団でも受け入れると思いますが」



「――――友との約束を果たすため」



 セリナが口にしたことに、セリスとエルザは口をつぐんだ。

 セリナの視線は明らかになにかを見ているが、それはここではないなにかに向けられているようにセリスには感じられた。

 それは戦友という言葉が、なんとなくすでに亡くなった人に対するものに感じられたから。



「どれだけ言葉を尽くしても届かぬことはある」


「「…………」」


「だがそれで諦めることなど私には許されない。ならばこの手を汚そうと、回り道であったとしても進む他にない。

 そのためには私も学院に入る必要があった」


「……セリナさんはどこか違うと思っていましたが、なにか成さねばならない目的があったんですね。

 それなのに私のせいで巻き込んでしまい申しわけないです」



 セリナにしてみれば今回のことには関係なく、セリスに関わらなければ今頃聖徒にいられたのは間違いない。

 しかももうじき学院の夏季休暇が終わるという時期でもあるため、それを思うとセリスは謝罪せずにはられなかった。

 それはあまり自分のことを話さないセリナが口にしていたことに対する重さのようなものを感じていたから。

 だがそんなセリスを見て、セリナはなんでもないことかのように答える。



「これも私が決めたこと。それにお前と父親との関係は、私が失くしていたものを感じることができたからな」



 そう言ったセリナの顔は学院では見かけることがなかったやわらかい表情で、そんな顔を見たセリスは察してしまう。



「もしかしてセリナさんは、ご両親を亡くされているのですか?」


「私の周りでは珍しいことではなかったゆえ気にするな」



 セリスがセリナから感じるものは確かに元は悲しみであったもの。

 だがセリナが口にしたことに思いあたることもなかった。

 セリナの年齢を考慮しても、国同士での大きな争いというのは起きていないからだ。

 もちろん世界には魔物という存在があって、なんらかの不運に見舞われる可能性は常に存在する。

 しかし周囲で珍しくなかったという言い方は、不運なケースというには規模が違う表現。

 だがセリナが口にするそれは確かなものであるようにセリスには感じられ、世界の状況とセリナの言葉には違和感がある。

 でもそれをセリスが口にすることはない。

 セリスは世界のすべてを知っているわけでもなく、わざわざその悲しみを掘り下げるようなことはしなかった。

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