第41話 エピローグ

 ファノンたちがセリスの奪還だっかんに向かってちょうど一日が経とうとしていた夜。



「お父様!」


「――セリス!」



 ベントがメイヤと屋敷の一室で待っていると、ファノンたちが連絡通りに現れた。



「お前が死んだと言われ、生きた心地がしなかった。もうお前の顔を見ることはできないのかと」


「……私は大丈夫です。ファノンさんたちのおかげで、こうしてまたお父様と言葉を交わすことができます」


「あぁ、そうだな――娘を助けていただき、この感謝の気持を伝えられる言葉がない。セリナは私の未来そのものだ。本当に、ありがとうございました」



 ベントは顔をくしゃくしゃにし、涙が出ているのも構わずにお礼を述べる。

 その顔は本当にうれしそうで、みながやさしい目を向けていた。

 一人を除いて。



「だから言ったろ? 俺は高いって」


「…………」



 ファノンの言葉にベントは困ったような顔で、返答に困っているようだった。

 確かにファノンの護衛料は一般的な相場よりも断然高い。

 だが今となってはそれも変わってくる。

 ルーク騎士団の騎士を護衛にするとなれば、いくらかかるかなどわからない。

 なにしろその実力は史実でのみ伝えられている圧倒的なもの。

 それも団長ともなれば、もはや護衛の相場など比較できるものではなかった。



「なんだオッサン? こっちの調子が狂うんだが?」


「お前は少し空気を読むんだな」



 セリナが冷たい目でファノンに言うと、セリスとエルザは苦笑いを浮かべる。

 そこで初めてメイヤが口を開いた。



「ファノン、その髪の色、使ったんですね?」


「あぁ、それも含めて話しておくことがある」



 現在ファノンたちは聖都ではなく、ハーヴェスト領であるイストにいる。

 一つは領民のことを考えれば、領主が行方不明なんてことにするわけにはいかなかったからだ。

 ファノンたちはセリス奪還だっかん前に、当然であるが今後のことも検討していた。

 そこで問題になったのがセリス奪還だっかん後、セイサクリッドの動きが読めなかったことだ。

 騎士団はセリスが魔力暴走によって死亡したと言ってきていたが、これを知る者が騎士団内に少なかった。

 聖女候補であるセリスが魔力暴走で死亡したとなれば、知らない者の方が少数になるのが自然だ。

 そしてセリナからセリスが生きているという情報もあり、セリスのことは情報統制されている可能性が浮かび上がる。

 情報統制されていたと仮定すれば、セリスの死を知る者が少ないのも辻褄が合うからだ。

 だがこれらもすべてが可能性の話であり、どういう動きになるかはわからない。

 そのためベントとメイヤは、ファノンたちの出撃に合わせてイストへと移動。

 奪還だっかん後はイストで様子を見て動きを決めるという方針が取られていた。



「髪が元に戻っているということは、なにかあったのでしょう?」



 用意された紅茶に口をつけ、メイヤが問う。このなかで一人話が見えないベントはそこを訊ねた。



「少々驚きはしましたが、ファノンくん・・の髪の色でなにか変わるのですか?」


「……すで他の方も知っているでしょうから意味はないでしょうね。ファノンは聖遺の召喚をすると、染めていても銀髪に戻ってしまうんです」



 ベントはメイヤの言葉で視線を移したが、ファノンはそれに構うことなく優雅に紅茶をたしなんでいる。それこそわざとらしいほど優雅に。

 そして次にベントが視線を向けたのは、ただ一人ライトニングと共に奪還だっかん作戦に参加したシム。

 そしてシムはなにも言わず、無言でうなづき返していた。



「前情報では副団長がセリスについているということだったが、そこで第七の騎士団長とやり合うことになった」



 ファノンの言葉にまたしてもベントはさっきと同じ行動を取っていた。



「なるほど。それでヴァルキュリア戦術を使わざるを得ないことになったということですね」


「そういうことだ」


「確認しますが、その騎士団長は?」


「大丈夫だ。神聖魔法で治癒を受ければ、二~三日で全開する程度だ」



 そしてファノンはカイルとのことを話した。

 カイルはセリスの保護を任務としていたこと。ファノンたちにネビュラであるのかという問いを投げかけてきたこと。

 これらのことはカイルの立ち位置が必ずしも敵ではないという可能性を示唆しさしていた。





 ファノンたちがヘリオドール研究所のことを共有して数時間後のこと。

 あと二時間もすれば夜空の色が変わり始める時間、ファノンの部屋のドアがノックされた。



「まだ起きていますか?」


「なんだ、夜這いか?」


「違いますっ!」



 寝巻き姿のセリスが間髪入れずに否定する。ムッとした表情を見せるが、それはすぐに呆れた顔に変わっていた。

 ベッドの上でファノンが起き上がると、セリスは近くのイスに座る。



「髪、本当は銀色だったんですね」


「いや、本来は染めていたのが地毛だ」


「それ、ちょっとおかしくないですか?」


「小さい頃に魔力暴走で死にかけたことがあってな」



 予想外過ぎた言葉が返ってきたからか、セリスは時間が止まったような顔をしている。



「オヤジたちの話だと、たまたま居合わせたヤツが少し手助けしてくれたらしい。

 そのおかげなんだとは思うが、今も俺は生きてる。

 その影響なんだろうが、そのときからこの色に変わったって話だ」


「そんなことがあったんですね。死んでいても当然のお話ですが、手助けしてくれた人には感謝しないといけませんね。

 その人のおかげで、私もお父様を悲しませずに済みましたし」



 そう言うとセリスは一瞬難しい顔をしたあと、意志を感じさせるような瞳を向けてきた。



「ファノンさんの前に私を護衛してくれた人たちも、きっとファノンさんと同じように思っていてくれたんですよね」


「そうかもな」



 セリスの顔を見て、ファノンはこれを言うためにセリスは来たのだろうと思った。



「私も強くなります。ファノンさんが命を懸けて護衛してくれているのですから、私もそこに命を懸けます。

 そしてそんなファノンさんを助けるためにも、私は強くなります」

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