第37話 最強戦術、ヴァルキュリア

 ファノンは周囲に視線を走らせるが、さっきまであった水弾や水溜りなどはすべて消え去ってしまっている。


(オーバーレイは使えないな。かといってコキュートスも読まれ、手数で押し切ることもできない。

 だが向こうもセリスを殺すことはない。なら派手なことはしないで、優位な近接戦闘で押し切りにくる)


「いくぜ」


「っ――――」


 ファノンの読み通り、カイルは距離を詰めて近接戦闘に持ち込みにきた。

 カイルが一歩踏み出すと、背後にあった六つの炎が後ろに向かって激しく噴射ふんしゃする。

 さっきまでのスピードとは明らかに変わり、ファノンは自身の剣をカイルとの間に割り込ませるだけで精一杯だった。


「よく動けたな? もしかして青の世界の感知か?」


 剣を交えた瞬間弾き飛ばされ、尻もちをついているファノンにカイルが訊ねる。


(――さすがに速い。スピードの分パワーも乗ってくるのはキツイな)


「たとえ感知していても、ついてこれるとは思えないんだけどな……」


「ファノンさん!」


 セリスが不安そうな顔で呼びかける。だがなにを言えばいいのかわからないのだろう。

 ただファノンの名前を呼ぶことしかできない。

 さらに右からカイルの大剣が払うように振るわれ、即座にそれをファノンは全力で受けにいく。

 受けることを全力でしなければ受けることすらできず、考える時間もない。

 それでも受けた衝撃で体勢は崩され、そこにカイルの蹴りが放り込まれる。


「ぐっ――」


 まるで丸太で殴られたと錯覚さっかくしてしまうほどの重い蹴りが脇腹を捉える。

 それでもファノンはそれを堪え、相打ちを狙いにいく。

 スピード差を考えれば、状況を作り出すことで崩して攻めることなどできない。

 唯一ファノンができるのは、攻撃されることで必ずできるすきを作り出すこと。

 つまり相打ちを前提としたカウンターだった。




「護衛の彼も――確かに相当な実力ではあったようだけど、ヴァルキュリア戦術が使われたらどうしようもないようだね」



 さすがに気になるのか、セリナもちょくちょく視線を流してファノンの方を確認している。



「私とのときはハンデまであげたというのに、すぐに謝罪の言葉を口にしていたから、あんなになるまで粘っているのは理解できないけど」


「そうか。ヤツは謝罪の言葉を口にしたのか」



 セリナの方は見るからに余裕があり優勢であったため、セリスとエルザの目はファノンの方へと自然と向いていた。

 だがジランが口にしたことに、二人の意識を持っていかれてしまう。



「そうだよ。正直あれだけの実力を持っているのなら、ハンデなどなくても十分立ち会えたはず。

 つまり彼は公爵家という権力から逃げたということだよ」



 セリナは反論しようとしたが言葉に詰まってしまう。

 事実としてファノンは謝罪をしたのは確かで、そのことにモヤモヤとしたものをセリスは感じていた。

 それは隣りにいるエルザも同じだったはずで、勝ち負けの結果などどうでもよくて、ただ立ち会ってもらいたかったということだけはわかっていた。


 ファノンが取った行動は間違いではなく、むしろほとんどの者が同じ行動をしていたはずだ。

 だがファノンはセリスをピエールから助けているのも事実であり、爵位などの階級で行動を変えるような人物ではないともセリスは思っている。

 だからこそモヤモヤとした気持ちを抱えていたのもあったが、セリスはそれを言葉にできなかった。



「私はアヤツではないから推測になるが、お前の言っていることは間違いなくハズレだ」


「……キミはどうしてそう思うんだい?」


「あれを見てもわからないか? 権力云々の話ならば、今頃ヤツはここにはいまい。

 先日お前が相手にして問題にしていたのはアヤツでありセリスではない。

 だがお前と一緒にいた公爵家の者は、セリスに危害を加えようとしていた。

 そしてそれは今も同じだ。アヤツのことだ、大方適当に謝っとけば面倒が減るとでも考えたのだろう。

 アヤツの手の平の上で自尊心を満足できるのだから、貴族というのは安いものだな」


「~~~~~~」



 ジランが顔を赤くしてにらむが、完全にセリナの方が格上だからか手を出すようなことはしない。

 そしてセリナの言ったとことは、セリスが言語化できなかった部分が見事に言語化されていた。

 だが同時にセリナが言ったことは、相手の力は関係ないということでもある。

 今もファノンは騎士団長を相手にしているが、いつもとは違って一方的な状態だ。

 もし力関係など関係ないとなれば、最悪の結末すら考えられる。

 現にいつも魔法を弾幕のように駆使して距離を取っているのに、今はカイルに接近を許してしまっていた。

 カイルが大剣の柄部分で殴りつけ、セリナたちの前までファノンはふっ飛ばされる。



「ファノンさん! もぅ、もういいです。私のことはいいですから、やめてください」


「…………」



 セリスが呼びかけるが、ファノンは背中を向けたままで反応はない。



「相手はヴァルキュリア戦術を使っている団長なんですよ!?」


「そんなことは関係ない」


「関係ないわけないじゃないですかっ! 死んでしまう可能性だってあるんですよ!」


「甘ったれたこと言ってんな」



 ファノンの言葉にセリスは一瞬呼吸が止まっていた。

 顔は見えないが、いつもの口調ではなく怒気が含まれていたからだ。



「……でも、相手が強かったら逃げるって言ってたじゃないですか!」


「――お前は俺に命を預けて護衛を頼んできたんだろ。命を預かるってことは、預かった側も命を懸けるっていうことだ。

 そんなことお前もわかってただろ。相手の力次第でブレてんじゃねぇーよ」


「なぁ? 本当はお前、近接戦闘の方が得意なんじゃないのか?」


「「「――――!!」」」



 カイルが言った言葉に、セリスやエルザ、セリナまでが視線を向けていた。



「今まではうまく誤魔化せたんだろうが、これだけやり合って俺にバレないと思ってたわけじゃないだろ?」


「――――他のヴァルキュリア戦術と剣を交えたことはあるか?」


「機会は少ないけどな」


「そうか――――」



 短く答えると、ファノンの両手に白い光が集まりだす。


「え――」


 光は強くなり、次第にファノンの青い髪が銀色へと変わっていく。

 両手に集まっていた光が形を成し、二振りの刀が具現化。


「ファノンさん――それ――――」


 セリスだけではない。カイルやセリナなども今の現象に目を奪われている。

 今起こった現象は紛れもなく召喚であり、ファノンに握られている刀が聖遺であることを示していた。

 だがそれ以上にセリスたちは言葉を失うことになる。


「ヴァルキュリア」


 ファノンがヴァルキュリア戦術を使った瞬間、どの属性とも違う現象が起きていた。

 ヴァルキュリア戦術によって銀色の髪が浮き、雷がバチバチとファノンの周囲で発光している。

 そんなファノンの姿を見て、セリナが呟いていた。


「まさか、オリジナルのヴァルキュリアなのか……」

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