第35話 双璧の世界

「攻撃されることはないだろうが、セリスとエルザは二人で防御に徹しろ」


「そんな――本当に団長と副団長を相手にするつもりなんですか?」



 非難に近いような声色でセリスが言うが。



「ジラン、そっちの嬢ちゃんは気をつけろよ。入学時の測定を見ていたが、下手したら隊長レベルはありそうだったからな」



 カイルの言葉に、ジランは疑うような視線をセリナに向ける。

 騎士団での隊長と言えば、副団長の下で隊をまとめる実力者を指す。

 ジランじゃなくても冗談だと考えても不思議じゃない。

 だがそんな考えはセリナによって変わってしまう。



「副団長なのだろう? 私は学生だからこれくらいのハンデはあってもいいだろう――――銀世界」


「マジかよ……こりゃ――」



 銀世界特有の現象が起こり、周囲に氷の結晶が舞うことでキラキラと照らす。

 この現象を見たカイルはジランへと視線を一度向けたが、すぐに視線を移すことになる。



「――青の世界」


「――――!」


「な、なんでキサマまで――――」



 ファノンも剣を抜き放つと同時に青の世界を展開。青の世界は銀世界のように目に見える現象は起きない。

 だがこれは戦ってみればわかることであり、明らかにカイルとジランの警戒心は上がる。

 特に魔法の発現スピードが上がるのは、一瞬のすきが致命的なものに繋がるような戦闘では脅威きょういであった。

 ゆえにジランは先手を取りにいく。


「フレイムバースト!」


 まだ戦闘の切っ掛けが出ていなかったなかでの初手をジランが使う。

 意表を突くまではいかずとも、十分に急襲と言えるもの。

 そして同時にファノンも仕掛ける。


「ウォーター」


 ファノンが発現したのは初級の魔法。だというのにカイルの表情は一瞬固まり、即座に回避行動と防御行動に移る。

 それもそのはず。確かにファノンが発現したのは初級魔法であったが、同時に発動した水弾は二〇〇を優に超えている。


「ファイヤーストーム」


 カイルは止まることなく回避しながら、かなりの出力による火柱を発現した。

 それでもファノンの水弾を相殺できるのは一部で、回避し切れずに防御行動を取らざるを得ない状況。

 これは水弾の数がけた外れというのもあるが、魔法属性の相性と青の世界によるところが大きかった。





「お前たちはもう少し下がっていろ」


 セリナの前に出現していた氷壁は、ジランのフレイムバーストを一切通さずに消え去る。

 そしてこの結果はジランの魔法がほぼセリナに通じないことを意味した。


「やはりこの前のあれが実力のすべてではなさそうだな。だが……」


 セリナはジランを無視してファノンの戦闘に目をやった。

 それは明らかなすきとなり、セリスがそれを知らせる。


「セリナさん!」


「コキュートス!」


 そんなすきを副団長であるジランが見逃すわけがない。

 セリナを水の膜が包んだ瞬間――――。


「コキュートス」


 さらに内側でセリナを膜が包み、ジランとセリナのコキュートスの間で激流が発生。

 セリナは同じ魔法を自身の周囲に展開し、一瞬にしてジランのコキュートスを相殺してしまう。


「――コキュートスまで使えるのか」


「お前は先日、アレの頭を踏みつけていたな。相手の実力を測ることもできず、さぞ楽しかったのではないか? なにしろ自分より格上にそんなことできる機会は普通ないからな。

 それとも公爵家というのは、そういうことにも慣れているのか?」



 ファノンとカイルの戦闘を見ていたセリナが、視線だけを流してジランを見る。

 セリナは未だに無防備にただ立っているだけであり、それを実感したのかジランの顔は苦いものとなった。



「確かに魔法ではキミの方が卓越しているんだろう。だが私は魔導士ではない。

 魔法騎士は近接戦闘という選択肢がある」


 ジランが腰を落とした瞬間、前傾姿勢で一気に距離を詰めてくる。

 セリナも持っていた剣を握り込んだ瞬間――。


「サイルジス」


 セリナの視界が下から発現した鋭利な岩で塞がれる。

 軽く一〇人程度なら串刺しにできそうな棘が荒々しく迫るが、セリナはそれに反応していない。

 口角を上げ、得意げな表情を浮かべたジランに、いつの間にか側面から斬り込まれるセリナ。

 今から剣で受けることは叶わず、正面からはサイルジスも迫っている。


「…………」


「銀世界は副次的ではあるが魔力を感知する。この程度の陽動で出し抜けると思ったか?」


 ジランの剣とサイルジスは、直前に発現した氷の盾に阻まれていた。

 サイルジスは盾に触れたところから砕けていき、ジランの剣にしても振り抜くことはできていない。

 そんなジランを見て、セリナは空いている左手をかかげる。


「止まったら死ぬぞ? アイスエッジ」


「っ――――!」


 ジランは身体を反らすことでギリギリ下から発現した氷を避ける。


「ジャベリン」


 反らすことで上を向く格好になっていたジランがギョッとした顔を見せる。

 上にはジランに狙いを定めたジャベリンが氷柱つららのように無数に発現していた。

 すぐに目の前のアイスエッジを足場にして回避行動に移る。

 だがジランを狙うのはすでに発現しているジャベリンだけではない。

 セリナが進行方向からジランへと撫でるように左手を払う。


「フレイムバースト」


 炸裂する炎が走っていき、ジランはジャベリンに追われながらも水の障壁を展開。

 しかも二重で障壁を発現した上、さらにジランは回避行動を取った。

 セリナのフレイムバーストが水の壁とも呼べる障壁とぶつかる。


「っ――――」


 セリナのフレイムバーストは一瞬減速していたが、あっさりと一つ目の障壁を突き抜ける。

 それを見たジランが悔しそうに顔を歪めた。

 なにしろこの結果は魔法という部分に於いて、圧倒的な差があることを意味していたからだ。

 炎と水属性では炎属性の方が不利な位置づけであるはずなのに、それを無視してセリナのフレイムバーストは障壁を突破してしまっている。

 二重の障壁で回避行動の時間を稼げていなかったら、ジランは今頃フレイムバーストが直撃していたはずだった。

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