第33話 急襲

 セイサクリッドを離れて六日目、ここまでずっとセリスは会話をしてきていなかったが初めて口を開いた。



「どこに向かっているんですか?」



 セリスの口調は強く、とても友好的とは言えない。というのも、セリスが乗っている魔導車で一緒にいるのは第六副団長のジラン・カーウィルだったからだ。

 魔導車は馬などの牽引けんいんを必要とせず、魔石を利用して飛ばす乗り物。

 操縦者が魔力コントロールを行うことで動くが、飛ばすとはいっても限界はある。

 魔導車が浮いているのは三〇センチほどであり、速度は身体強化を馬に伝えて走るのとほとんど変わらない。

 その代わり馬車のように複数人の乗車が可能であり、乗り心地という面では馬車よりも揺れがほとんどないため段違いである。

 だが魔導車は馬車のように密室であり、そんな場所にジランと二人きりという状況が六日も続いていた。



「やっと口を利く気になったようだね。向かっているのは聖都から南に位置する、ヘリオドール研究所だよ」


「私が保護されているのは警護のためですよね。それなのになぜそのようなところへ向かっているのですか?」


「先日大掛かりな襲撃があったよね。そのため護りやすい場所を選定した結果みたいだよ」


「…………」



 セリスが窓から外を見ると、周囲は馬に乗った騎士団が固めている。

 それは警護というような規模ではない。五〇〇は数えそうで、軍事的に言えば大隊規模だ。



(こんなの保護っていうレベルじゃない。なにかの作戦だと言われた方がよほどしっくりくるくらい)



 セリスは違和感を持ちながらも、それ以上のところまではいかない。

 貴族間の政治的なものも考えはしたが、今回動いているのは正規の騎士団。

 一貴族の思惑で、これだけ軍が動くとも思えなかったからだ。



「着いたよ」


「…………」



 魔導車を降りたセリスは、目の前にある研究所を見て呆然とする。

 研究所は巨大な壁に阻まれるようにあり、まるでそれは収容施設を思わせた。



「行くよ?」



 ジランに促され、セリスは研究所へと足を踏み入れる。

 周囲は騎士団に囲まれ、今回のことで違和感を覚えながらもいまさらどうしようもなかった。

 分厚い灰色の壁を通り抜けると、魔法聖騎士学院の敷地くらいありそうな空間が広がっている。

 下に敷かれている石畳には所々焼けた痕跡こんせきなどがあって、実験などでも使われているのかもしれない。



「…………」



 気持ちが進むことを拒んで足が重くなる。セリスがここに来るまでに感じていた違和感は、すでに不安へと変わってしまっていた。


「敵襲ううぅぅぅーー!」


「「――――!!」」


 後ろの方で叫ばれると同時に、魔法や剣戟の音が響く。

 敵の侵入はまだ許していないようだが、扉を閉めることはできていない。

 一瞬にして緊張が走り、ジランが指示を飛ばす。


「固めろ」


 四人の騎士が即座にセリスを囲んで警戒すると、ジランは身体強化をして状況を確認するために上空へと上がった。


「扉を押さえろぉー!」


 敵を背後から挟撃するために空へ次々上がっていくが、それを見越していたのか敵が先に上空を押さえる。


「――――!」


 そして注意が引きつけられていたため、ジランとセリスは気づくのが遅れてしまう。

 あまりに大胆な作戦。斜め後方から雲を突き抜け、急降下に近い速度で飛空艇が突っ込んでくる。

 突然の襲撃で緊迫した状況のなか、さらに思いもかけない状況におちいってしまう。

 異常事態であるのはわかっているはずなのに、向かって突っ込んでくる飛空艇をただセリスたちは呆然と見てしまう。

 そして気づいたときには、背後の上空から現れた飛空艇はセリスたちの視界を覆ってしまうほどの距離にまで来ていた。





「エルザは敵のことは気にするな。俺たちの魔法制御にだけ集中しろ」


「わかりました!」


「いくぞ」


 背後から回り込むように飛空艇を急降下させたファノンは、セリナとエルザと共に飛空艇を蹴って一直線にセリスへと向かう。

 いくら高度からの急襲とはいえ、シンが引き付けていなかったらここまで接近することはできなかっただろう。

 上空からの急襲に対してとっさに身構えてはいたが、ファノンたちは完全に意表を突いている。

 当然騎士たちの意識はファノンたちに向けられているが、それをセリナは逆手に取った。


「キャステル」


 上空から魔法を撃つのではなく、土魔法で騎士たちが立っている地面を突き上げる。

 浮足立っていたところをさらに下からの魔法で無防備な状態。

 そこへさらにファノンが追撃をかける。


「ウォーター」


 水弾が四つ発現し、空中に打ち上げられた騎士たちを四方へと弾き飛ばす。

 それは二秒にも満たない間のことであり、ほぼ一瞬と言える間にファノンたちはセリスの下にたどり着いていた。



「え? いったいどういうことですか!? それにセリナさんとエルザさんまで」


「どうしたもこうしたもありません。セリスさんが連れて行かれてからずっと心配していたんですよ」


「あ、いや、でも」


「――――」


「まさかキミが現れるとは思わなかった」



 ファノンたちの視線の先には、道を塞ぐように第六騎士団副団長のジランが陣取っている。



「護衛くん以外もいるようだけど、キミたちこのあとどうするつもり? 後ろを見てごらん」



 ファノンが腕でセリスをズラすようにしながら立ち位置を移動する。

 前後を左右で視界に収める立ち位置を取ると、前情報ではなかった騎士がいた。


「そんな、カイル……団長」


 エルザの声が強ばるのも無理はない。

 斥候せっこうの前情報でジランの存在はわかっていたことであったが、第七騎士団長であるカイル・ウォーカーのことは情報になかった。


斥候せっこうに掴めていなかったということは、あっちは先にいたということか)


 この場に於いてカイルの存在の有無はすべてがひっくり返るようなもの。

 超速戦闘を可能にするヴァルキュリア戦術を使うカイルがいては、どうあがいても逃げ切ることなどまずできない。

 この時点でファノンたちは降伏するか、戦闘以外の選択肢はなくなっていた。

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