第32話 ベントの覚悟

 早く話を進めたかったというのもあるのだろうが、ベントは運ばれてきた食事をアッサリ食べきっていた。



「申しわけない。私のせいで話の腰を折った」


「いえ。ベント伯爵の心情を察すると、そうなっても致し方ないこと。むしろ今の食べっぷりは、ベント伯爵がタフだと感じましたよ」



 メイヤがベントに言うと、再度視線はセリナへと向けられた。



「セリスはすでにセイサクリッドから移送されている」


「それは本当ですか? 我々はそこまで掴めなかったが、なぜそれを?」



 セリナが告げたことにシンが訊ねる。同時にセリナから告げられたことは、セリスが生きているということも示していた。



「お前たちがこれを掴めなかったのは動くのが遅かったからだ。

 セリスが移送されたのは、騎士団に行った日だからな。

 私はこれを把握してはいたが、どういう状況であるのかまではわからなかった。

 そして翌日からセリスとファノンが学院に姿を現さなかったため、こうして状況の確認をしているという具合だ」


「それでどうしてセリスが生きているということになる? 聖都を出てから殺される可能性もあるだろう?」



 ファノンがすぐに詰めるが、セリナは表情一つ変えない。



「それだけ危うい場面であれば、騎士団本部なり外で抵抗し騒ぎをヤツなら起こしていただろう。

 だがセリス自身そういう素振りはまったくなかった。

 むしろ騎士団連中に護衛されていたのもあり、私も気づかれずに近づくことは不可能だった。

 実際一日様子を見たが、聖都を出てからも殺されてはいない」


「ほ、本当かそれは!?」


「生死についてはとりあえず安心するといい」



 食いつくように訊ねたベントにセリナが答えると、ベントはソファの肘置きを掴んで顔をクシャクシャにしていた。

 そんなベントを見て、エルザやメイヤだけではなくセリナまでがやさしげな視線を向ける。

 そこで一呼吸間を置いて、シンが今度は訊ねた。



「貴殿は移送と言われるが、移送先の予測もついているのならお教えいただきたい」


「方角からして可能性が高いのは、南のヘリオドール研究所だと睨んでいる。そこを通り過ぎるようであればどうであろうな」


「すぐに斥候せっこうを出します」



 シンはメイヤとファノンに視線を向けて、すぐに魔導具で指示で出す。

 セリナとシンの情報からある程度事態の輪郭りんかくが浮かび上がった。

 だが同時に、それが大きな問題ともなる。


「なぁ、オッサンは騎士団を敵に回す覚悟はあるのか?」


 ファノンの言葉にエルザは目を大きくし、ベントへと視線を向ける。

 そしてメイヤは、ファノンの言葉に目を細めた。


「セリスは騎士団に捕まっているのは間違いない。それもセリスが死んだことにしてな。これが意味することはわかるだろ?」


 ファノンの言葉に、ベントは顔を歪ませることになる。

 今のままでは二度とセリスの顔を見ることはないだろう。

 そして騎士団を敵に回すということは、セイサクリッドをも敵に回すこと。

 だが問題はそれだけではない。


「……どうやって救えると言うんだ。相手は正規の騎士団だ」


 肘置きに置かれたベントの手は骨と血管が浮き上がり、力いっぱい握り込んで視線は床に向けられていた。


「俺は騎士団を敵に回してもセリスを助けたいのかと訊いている」


「当たり前だ! だが、誰が助けられる。私の命くらいで助けられるのならそうするが……」


 なんの手立てもないことに、ベントは唇を噛み締める。



「私に行かせてください」



 ドアが突然開かれ、なかに入ってきたのは警備長であるシム・ハビットだった。



「このようなときのための我らと思っております。ただ指示してくだされば、決死でセリス嬢を奪還してみせます」


「死地に向かうようなものだぞ。それでも行ってくれるというのか?」


「ご指示を」



 ドアの前で膝を付き、少しも身体がブレることなくベントの指示をシムは待っている。

 その姿は死地に臆することのない、実戦を感じさせるものであった。

 そんなシムとベントを見て、ファノンが口を開く。



「わかった。オッサンにその覚悟があるのなら、俺が出る」



 これにはベントとシム、それにエルザの表情が固まった。

 だがずっと様子をうかがっていたメイヤは違った。



「まさかライトニングを動かすつもりですか?」


「俺が出るからな」


 突然話が変わった上に、二人が話している内容が理解できていないベントたち。

 それをエルザが問いかけた。


「ファノンさんが……それにライトニングとはなんですか?」


 エルザの問いに答えたのはファノンでもメイヤでもなく、壁を背にしたセリナであった。


「ライトニングとは、世界に対する抑止力」


 セリナの言葉にファノンは目を細め、今度はメイヤが目を大きくすることになった。


「どうしてアナタがそれを知っているんです?」


「伝説の神騎たちが、中立の抑止力として歴史の裏で設立したのがライトニング。

 過去の歴史に於いても、ほとんどその存在は表舞台に出てくることはない。

 他の者は別の呼び名の方が理解できよう。ルーク騎士団と」


 セリナの説明に、ベントたちは言葉を詰まらせたようにファノンを見ている。

 そもそもルーク騎士団は、歴史上に於いて脚色されたという説もあるほどの組織。

 その実力は一〇〇〇にも満たない少数でありながら、国同士の戦場を停戦に追い込んだという記述があるからだ。


「まさかお前がライトニングだとは思っていなかった」


 セリナが視線を向けると、ファノンもメイヤと同じように問いかける。


「どうしてアンタがライトニングを知ってる? ライトニングの名前は表に出ていないはずだが」


「――――」


 ファノンの問いに答える気がないのか、セリナは口を閉ざしてベントへとあごで促した。

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