第31話 変わらぬ状況

 そしてセリスの悲報を受けてから二日目の夜、エルザがハーヴェスト邸を再度訪れていた。



「申しわけありません。こちらでもセリスさんについて問い合わせたのですが、部外者ということでなんの返答も得られませんでした」


「いや、私ですらほとんど大差ない状態。むしろホルステン侯爵家が動いてくれただけでも、それがどういう状況であるのかわかる」



 実質八方塞がりであり、ベントはセリスの死をなんの確認もできずに受け入れることしかできない。

 この二日間、食事も睡眠もろくに取れていないのだろう。

 ベントの顔は疲労が色濃く、若干頬が痩せてたように見えた。



「旦那様、セリスお嬢様の――え? ただいま確認を――」



 メイドが慌てて対処しようとしているが、それを無視して部屋に入ってくる。

 その姿を見て、ベントが一瞬動揺していた。



「すまないが無礼は許してもらいたい」



 声を聴いてますます信じられないような目をベントはしていた。



「――すまない。セリスの学友のようだが」



 ベントはこれが初対面であったため面識がなく、ファノンとエルザに視線を向ける。



「先日の討伐訓練で救援に駆けつけてくれた、セリナ・アーフェさんです。聴き比べなどできないほどセリナさんの声はセリスさんと似ていますものね。驚かれるのも無理はないです」


「そうだな。いや、それより娘を助けてくれたという話は聞いている。機会がなかったとはいえ、挨拶もできずに申しわけなかった」


「すでに礼はしてもらっている。それに今はそんなことを話していられるわけでもないのだろう?」



 セリナは言うと、確認するかのようにファノンへと視線を向けた。

 そこでさらにドアがノックされ、挨拶も省かれてドアが開く。



「っ――メイヤ殿!」


「事情あって夜分の訪問になり申しわけありません」



 突然の来訪が立て続けとなり、それぞれで面持ちが違う。 

 ベントは思いがけない来訪者に驚きを隠せない。

 セリナも自分以外の来訪に珍しく困惑しているようだった。

 メイヤは怪訝な顔でファノンへと視線を送ってきている。

 エルザもメイヤの来訪に少し困惑しているようだったが、ファノンとメイヤの従者として来ていたシンだけはそれほど変わらない。


 シンは三〇ちょっとの年齢であり、たしょう長目な髪は乱雑にき上げられている。

 素人から見ても魔法騎士だろうと思うような雰囲気を持っており、そしてそれは正しい印象でもあった。

 シンはファノンへ視線を向け、軽く目を伏せたあとメイヤの後ろへと控える。



「ファノン、こちらのお二人は?」


「見ての通りセリスの関係者だ。二人とも今回のことは知っているから大丈夫だ」



 確認はしていなかったが、ファノンはセリナが知っていると踏んでいる。

 それを確認するようにセリナに視線を向けるが、それを肯定するようにセリナはなんの反応も示さなかった。

 逆にそれに反応したのはベントとエルザだ。



「どういう状況か、情報の共有をしに来た」


「わかりました。ファノン、なにか進展は?」


「オッサンとホルステン侯爵家が動いた上で、なにも出てこないってのが状況だ」


「わかりました。シン」



 部屋には二人用と一人用のソファが複数置かれており、メイヤが静かに腰掛けるとシンが一歩前へ進み出た。

 自然とその場の視線は集まり、セリナは壁に背中を預けて聞くことにしたようだ。



「そこにいるファノンからの連絡で、今回のセリス・ハーヴェストのことを探らせてもらいました」



 セリナは特段驚くようなことはなかったが、ベントとエルザはシンの言葉に目を開く。

 だが報告は続くため、すぐにファノンからシンへと視線を戻した。



「わかったことの一つは、この件事態を把握していない者がほとんどでした。

 どういう繋がりでまでかは把握できていませんが、今回の件は隠蔽いんぺい工作されているのは間違いないでしょう。

 そういう意味ではセイサクリッドの騎士団の報せというのは、鵜呑うのみにすることはできないと結論づけます」


「ほ、本当ですかっ?!」



 ベントが慌ててシンに詰め寄って訊き返す。今日までなにも状況が変わらなかったのと、シンの報せがそうさせていた。



「だいたい状況は把握した。前提として話しておくと、セリスは死んではいない」



 セリナがシンの報告に付け加えるように口を開いた。



「な、なぜそれを断言できる?」



 信じられないような、それでいてすがるような目をベントが向ける。

 だがセリナは、まったく関係ないことを口にした。

 控えていた執事に対し――――。



「すぐ用意できるものでいいから、そこの主人になにか食べるものを」


「な、そんなことはいい! それより――」


「拒むのならこの話は終わりにする。見たところまともに食事も取っていないのだろう?

 父親だからといって、当然のように教えてもらえると思わないことだ」


「……」


「わかったらサッサと食事を持ってこさせるんだな」



 そうして運ばれてきたのは、小さめのステーキとサラダ、スープにパンであった。

 すぐに用意できるものというのと、食欲から小さめのステーキというチョイスになったのだろう。

 仮にステーキが喉を通らなくとも、しっかりスープもついているので配慮もされているようだった。

 ファノンたちが集まっている部屋は、はたから見れば少し異様な状況だろう。

 ピリピリとした緊張感が漂うなか、中年の男がみなの視線が集まるなか急いで食事を取っているのだから。



「このような状況で、どうしてこんなことをさせる?」



 話を打ち切らせるわけにはいかないから従っているが、明らかにベントは苛立っている。

 そんなベントの視線を受けても、セリナの表情は変わらずに口を開いた。



「食事というのは生命活動の根源的なもの。騎士ではないから仕方ないとも思うが、アナタ以外の者はしっかり食事を取っているだろう。

 空腹では戦いにならないと知っているからな。そしてそれは思考にも及ぶ。

 娘を助けたいのならば、無理矢理にでも食べて戦えるようにしろ。

 食事を取るのも、睡眠を取るのも戦いの一部だ」

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