第30話 セリスの死
ベントが口にしたことは、ファノンたちがすぐに理解できることではない。
数時間前までなんの問題もなく一緒にいたのだ。
「ちょっと待てよ! さっきまで俺たちは一緒にいたんだぞ!? それがどうして死んだなんてことになってる!」
ファノンもベントに並んで騎士に問い詰める。
いつもふざけたような受け答えが多いファノンだが、今はベントと同じようにそんなところは欠片もない。
「我々はこのことを伝えるために来ただけであり、それ以上のことは知らない」
「ふざけるなっ!! そんな言葉で納得できるとでも思っているのか!」
ベントの言い分は至極当然のこと。ただ死んだという言葉だけで納得できる親などどこにもいないだろう。
そんなベントと共に、さらにファノンが重ねて訊ねた。
「アンタたちが知らないということを仮に信じたとして、セリナの遺体はどうした?」
どうして気づかなったんだという表情で、ベントとエルザが騎士たちに視線を向ける。
だがこれもさっきと同じであった。
「私たちは知らされていない」
その後なにを言おうとも同じことを繰り返すだけであり、ベントはそんな騎士たちを追い返す。
そして用意された紅茶をベントは食堂で口にしながら、執事に命じていく。
「ベントさん、これからどうするのですか?」
「あぁ、申しわけないがエルザ嬢はお帰りいただけるだろうか。このようなことになってしまったので。私はこれから騎士団本部へ赴くつもりだ」
「そうですね。まずは事実を確かめなければいけないですね」
ベントは苦しそうな表情を浮かべ、目頭を右手で押さえている。
さっきは怒鳴っていたが、それではなにも得られないから必死に抑えているのだろう。
すでにセリスの母親は他界していて、きっとそのときベントは悲しみを負っていたはず。
だがそのときベントには幼いセリスがいた。それはセリスの母親の忘れ形見とも言える存在のはずだ。
そんなセリスがこんなわけがわからない突然の伝達で、遺体も見ていないのに受け入れられるわけがないだろう。
「我がホルステン家からも問い合わせをさせてみます」
「――ありがとう」
すぐに警備を従えてベントは動いたが、屋敷に帰宅したのは夜更け。
それを部屋の窓からファノンは確認していたが、そこにセリスの姿はない。
顔は下を向き、肩を落として中庭を歩いている。
そんなベントに追い打ちをかけるようなことになってしまうが、それでもファノンはエントラスへと向かった。
「……まだ起きていたのか」
「どうだったんだ?」
ベントは拳を握り込んでいたが、近くに飾られていたオブジェのような花瓶を感情に任せて突き飛ばすように払う。
「騎士団本部でも言っていたことは同じだ。死因は魔力暴走によるもので、そのため遺体が
(あり得ない話、ではないが……)
「セリスはそんな兆候は見られなかったぞ。今日の模擬訓練でも魔力コントロールはしっかりできていたからな」
「……キサマの目から見てもそうか。また明日、上の者と話すことになっている」
そう言うとベントは自室へ引き上げていった。
ファノンも部屋に戻り、ソファーにかけて考えを整理する。
突発的な魔力暴走というのはないわけではないが、ほとんどそんなケースはない。
そもそも魔力暴走というケース事態が数百年のなかで二〇くらいしか発生していないのだ。
そのほとんどに兆候があり、魔力の制御ができないため体調不良という形で現れる。
そしてファノンもそうであったが、魔力暴走のほとんどは幼少期に起こるのだ。
今になって魔力の制御が利かなくなるというのはかなりのレアケースと言える。
「可能性的にはあり得ないことではないんだろうが、今日のセリスを見ていた限りでは……」
少しの間ファノンは思案すると、通信するための魔導具を取り出す。
これは各国の軍や領主が連絡などに使うような魔導具であり、一個人が持てるような魔導具ではない。
そんな物をファノンが所有している理由は、レイテッド家によるものであった。
『シンです。私にとは珍しいですね』
魔導具からはドッシリと構え、落ち着いた
「相変わらずの口調だな」
『これは当たり前のことです。それでなにか?』
「セイサクリッドの騎士団で情報を集めさせてほしい」
『穏やかじゃないですね』
「俺が聖女候補のセリス・ハーヴェストの護衛をしているのは知ってるだろ?」
『話だけは』
「騎士団内で魔力暴走を起こして亡くなったと報せを受けた。だが俺の見立てではその可能性はかなり低い」
『なるほど。そうなると急がないといけないですね』
「まだどういう状況なのかわからない。情報を得るためにハッタリのようなこと、匂わすような情報の出し方は絶対にさせるな」
『了解――――』
それからさらに二日の間、ベントは持てるあらゆる人脈などを駆使して事実を知ろうと
なぜセリスが騎士団に訪れていたのか、誰が魔力暴走を起こしたセリスに対処したのか。
そして政治的な背景の可能性まで考え、多方面から情報を探った。
それでも状況は変わらなかったのだが。
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