第29話 告げられる悲報
ファノンとジランのことがあってから、魔法騎士科のファノンに対する空気はよそよそしいものになっていた。
なにがあったのかを他の者は知らないが、ピエールとセリスのことでファノンがしたことが発端ではないかと噂になっていたからだ。
これはジランがピエールにも非がないわけではないと取れるようなことを口にしていたため、その矛先がファノンに向いたのは護衛として動いたためだろうと予想されていた。
そうであるのならば、護衛としての正当性を立ち会うことで証明するべきだったという考え。
だがそんな選択があの場面でできる者などほとんどいないだろう。
その証拠に、そんなことを言ってくるような者はいない。
その代わりというのが今の状況になっていた。
「ファノンさんほどの実力があれば、いくら副団長とはいえ一撃くらい与えられる可能性はあったのではないですか?」
だがエルザは違った。あれ以来数日口を利くことはなかったが、模擬訓練の対戦相手となったことで正面から言ってきた。
「買い被り過ぎだ」
「私はそうは思いません」
「アンタがどう思うかは自由だが、あれは俺が戦う場面じゃない」
「護衛となったプライドはないんですか!?」
怒りに任せたような声でエルザは言うと、四〇を超えるロックを周囲に展開した。
観戦している周囲からは
だがファノンは入学して以来、最大のピンチと言える状況だ。
エルザは完全に本気の戦闘モードになっている。
明らかに後先考えない全力ということもあって、ファノンは対処に苦慮する。
ここまでファノンは実力を隠してきている。以前セリスに言ったことも嘘ではないが、本来の目的は別だ。
未だにセリスを狙っている敵はわからず、どこから情報が流れるかもわからない。
極端に言えば、先日のジランだって関与している可能性はある。
実力を把握されるということはリスクとなるため、できる限り秘匿するに越したことはない。
それだけに今のエルザの対応に苦慮することになる。
(中途半端な魔法じゃ抑えるのは難しいな)
ファノンが回避した先に合わせるように時間差でロックが迫る。
「ウォーター」
「インパクト!」
ウォーターで弾いて
魔法で相殺や防御魔法という選択肢もあるが、このタイミングは魔法で対処すると発現スピードが学生離れしてしまうことになる。
それをさせるだけのエルザがさすがではあるのだが――。
ギリギリのタイミングで、わかっていながらファノンは回避する。
そしてすぐに剣をエルザとの間に割り込ませた。
「――――!!」
剣が交差する直前、ファノンは軽く地面を蹴って弾き飛ばされる。
同時にファノンは、自分の背後に薄い弾力性をもたせたウォーターを発現して衝撃に備えた。
「そこまでの余裕があるのにどうして……」
同時に終了の合図が入るが、エルザは少しも納得できていない。
むしろ始まる前とは違い、悲しそうな目を向けてきていた。
午後の講義が終わり、廊下を歩いているとセリスがエルザのことを話し始めた。
「なんか今日のエルザさんは、見ていて胸が痛かったです」
「そう見えたのか?」
「はい。きっとエルザさんは、ファノンさんが正しい評価をされてもらいたいんですよ。私も同じように思っているので、なんとなくわかります」
「そうか?」
「そうでなければ、あのような顔はきっとしませんよ。ファノンさんからすれば私たちの勝手な望みなんでしょうが、あまり女性を泣かせるものではないですよ?」
「モテ過ぎるのも問題だな」
「はぁ~、すぐはぐらかすのもよくないですね」
「真面目な話を
前を歩いていたセリスがクルッと振り返ると、制服のスカートがふわっと広がった。
セリスは笑顔で覗き込むように下から見てくる。
「そうかもしれないですね」
「全然思ってなさそうだな」
「どうでしょう?」
セリスはまた背を向けて前を歩き出す。そんな彼女の後ろ姿を見て、ファノンも少し表情がやわらかくなっていたが、中庭を歩いていたところで変わった。
「ハーヴェスト伯爵家のセリス様ですね?」
「はい。そうですがなにか?」
「はい。襲撃が頻発していますので、少しお話を聞かせていただきたく」
先日の討伐訓練では騎士団も同行している。しかも以前に襲撃があったこともあって、騎士団は通常よりも人数を多く配置していた。
それでも襲撃は起こったのもあって、なにか対策を検討している可能性がある。
そのための参考で聞き取りを行いたいのだろう。
ファノンは軽く視線を流して、騎士団であることを証明するバッジを確認する。
「今日は少し遅くなりそうだな」
そしてファノンがボヤくように言うと、騎士団の一人が止めた。
「お話を聞きたいのはセリス様だけなので、従者の方はお控えを」
「俺はセリスの護衛だぞ?」
「我々騎士団が責任を持って送り届けますので、お屋敷でお待ちください」
「そんなことできるわけないだろ」
「……ファノンさん、大丈夫ですよ。騎士団側の都合もあるのでしょうから、先に屋敷に戻っていてください」
「……まぁセリスがそう言うならいいが」
「ご理解感謝いたします」
一歩前に出ていた騎士がファノンに一礼してから、セリスは騎士団に案内される形で去っていく。
そんなファノンの下に、エルザが駆け寄ってくる。
「ファノンさん、セリスさんになにかあったんですか?」
「少し話を聞きたいらしい」
「あぁ、そういうことですか。こんなところまで騎士団の方々がいらしていたので、少々心配に思ってしまいました。
もしよければ、ハーヴェスト邸で私もセリスさんを待たせていただいてもいいですか?
私にも関係する可能性があるかもしれませんし」
「俺に訊かれても裁量権なんかないからな。まぁでも家のヤツにそう言えば邪険にはしないだろ」
「ではそうさせてもらいます」
学院の門のところにはエルザの護衛が待機しており、予定の変更を告げると黙ってついてくる。
「……なぁ、いいのか?」
「なにがですか?」
「俺に怒ってたんじゃないのか?」
「っ――お、怒ってなんかいません!」
「そうか? さっきの魔法なんか、俺を殺すくらいのものだった気がするけどな」
ファノンの言葉にエルザがため息を吐いて、ジトッとした視線を向ける。
「あれだけ余裕を持って対処していたくせに」
「対処できたのと威力は別の話だろ?」
ハーヴェスト邸でエルザがセリスの帰りを待ちたい旨を伝えると、セリスへの客人として屋敷では対応をされることになった。
ハーヴェスト領から戻っていたベントが一度挨拶に来たが、セリスは不在のためエルザの相手をするのはファノンとなる。
だが思っていたよりもセリスの帰宅が遅いため、仕方なく二人は食事を先に取ることとなった。
「いくらなんでも遅すぎませんか?」
「そうだな」
二人がそんな話をしながら食事をしていたところで、エントランスホールの方が騒がしくなる。
「噂をすればということでしょうか」
食事中であったため席を離れるか一瞬思案したようだが、結局二人は席を立つことにした。
そのままエントランスへと二人が向かうと、来訪している二人の騎士に対してベントが声を荒らげている。
その場で控えている執事は疑うような表情を浮かべ、明らかになにごとかが起きているのは明らかだった。
そしてファノンとエルザも、ベントが口にしたのを聞いてそのままではいられない。
「セリスが死んだとはどういうことだ!」
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