第28話 弱肉強食

 ピエールと同じ金色の長い髪は背中まであり、身長は一八〇センチ近い。

 騎士団の青を基調としたマントには、肩口の辺りにセイサクリッドの紋章が刺繍されている。

 このマントは団長と副団長だけが身につけていて、他の団員は団の階級によるバッジだ。

 このことからも間違いなくジランは現役の騎士団であり、副団長以上の立場にあることは明白であった。

 ピエールが来るだけでも噂になるくらいだが、そこに現役の副団長まで一緒にいることで周囲が騒がしくなる。

 ここに来るまでの間にも騒ぎになっていたようで、廊下にまで学生たちが集まっているような状態であった。



「キミが聖女候補の護衛であっているのかな?」


「そうだが、どちら様で?」


「これは失礼。第六騎士団所属副団長、ジラン・カーウィルだ。横にいるピエールとは従兄弟でね、私も王家と血の繋がりがある」


「そっか。で、こんなところまでわざわざなにか用なのか?」


「はぁ――聞いていた通りのようだね」



 ジランはピエールに視線を移すと、ため息を吐いて困ったような表情を浮かべる。

 王家に連なる二人、さらに現役の副団長であるジランにこのような態度を取る者などいなかった。



「キミはピエールに無礼を働いたのだろう? それに聞いていた通り、ずいぶん品がないようだ」


「ソイツと比べたら上品だと思うけどな」


「なるほど――――」



 一呼吸吐いた瞬間、ファノンの足は地面から離れていた。

 ジランは身体強化をし、ファノンのみぞおちに膝蹴りを入れる。


(――いきなりかよ)


 身体強化までしてくるとは考えていなかったファノンは、膝蹴りだけで身体が浮いて肺にあった空気を吐き出してしまう。

 続けてインパクトによる衝撃が背中を襲い、あっという間にファノンは床に倒されていた。


「――――やめてください!」


 セリスが制止の言葉を口にした瞬間――――。

 セリスだけでなく周囲からも短い悲鳴のような声が漏れる。

 真上からファノンの頭を踏みつけ、たまらず顔を横にしたファノンの額と鼻からは血が流れていた。


「まぁピエールもよくなかったところはあったと言えなくもないから、正々堂々と決闘をしても私はいいよ。

 その場合一度でも私に触れることができれば、その場で今回のことはなかったことにしよう。

 もしくは不敬な態度に対する謝罪を要求する。好きな方を選んでくれて構わない」


「見るに堪えないな」


 周囲が静まり返るなか、セリナが言い放って出ていく。

 だがそんなことで今の状況はなにも変わらない。自分を通すのであれば、取り得る選択は一つ。

 相手は騎士団副団長ではあるが、一度でも触れることができれば水に流すと実力を考慮までしている。

 それは破格の譲歩でもあり、弱者が強者に対して一矢報いることができる可能性を内包していた。

 そして仮にそれが叶わなくとも、抵抗する意志を示すことができるだろう。

 貴族社会で言えば、これは唯一残された抵抗の場とも言えた。


「どうする?」


 ピエールは一見涼しい顔をしているが、口角を上げながらファノンを見下ろしている。

 周囲は黙って見守り、ファノンに注目していた。


「――悪かった……」


 一瞬失笑したジランは踏みつけている脚に体重を乗せる。


「ちゃんとハッキリ聴こえるようにお願いできるかな?」


「……申し訳ありませんでした。これで水に流してください」


 周囲は重苦しい空気となっており、口を開くのは一人としていなかった。

 表向き学院では貴族階級は存在しないが、それでも完全に消えることはない。

 さらに相手が副団長ともなれば、ファノンでなくとも同じ選択をする者が多いはずだ。


「学生だということを考慮してハンデまで設けたのに、それでも立ち会う気概すら見せられないか」


「…………」


「つまらないけど水に流そう。ピエール、私は水に流すと約束したから、今日までのことについて言及することは許さないからね」


「ええ、もちろんですよ」



 ジランとピエールが出ていくと、廊下の方は騒がしくなる。



「大丈夫ですか!?」


「大丈夫だが、治癒魔法は受けてから帰るかな」



 一人も口を開かないなか、ファノンは治癒魔法を受けに医療室へセリスと向かう。

 そのセリスも口が重く、なにか言いたいことがあるようにファノンには見えた。



「思うことがあるなら遠慮しなくていいぞ?」



 ファノンが言うと、セリスは悔しそうに口を開いた。



「しょうがないですよね。相手は副団長でしたし……。でもファノンさんは、相手の立場や実力なんて関係なく立ち会ってしまうのではないかとも思っていました。

 それこそ結果の勝ち負けなんて関係なく」


「わざわざ自分より強い格上となんて、立ち会いたくないだろ。それにあれで面倒がすべて片付いたわけだしな」


「……なんか、少し残念です」


「前から言ってるだろ? セリスは過剰評価し過ぎなんだよ。相手次第では尻尾巻いてサッサと逃げさせてもらうさ」

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