第26話 夜更けの訪問者

「こんなときまでふざけたヤツ」


「いいのか? 胸が見えてるぞ?」


「そんなことで動揺どうようすると思うか? お前が相手ではこんな状況を作り出すことはもうできぬだろう。

 ならば胸を見られるくらい安いものだろう。お前の好みの大きさは知らんが、最後に目の保養ができてよかったな」


(身長の高さは身体の大きさとも取れるよな。なら身長が低いセリナの場合、胸は小さくなるのが理屈として合いそうなものだけどな。

 身長が高いわけでもないのに、胸が大きいってのはどういう理屈なんだろうな)

「最後って、殺れると思うか?」


「この距離の魔法を防げるか?」


「無理だな」


「…………」



 自分の生死をセリナに握られているという状況なのに、ファノンはぞんざいに答える。

 そんなファノンを見下ろしているセリナの顔には感情に類するものは欠片もなく、冷たい視線が向けられていた。



「なぜ護衛などしている? お前はセリスとは関係なかったのだろう?」


「金がいいからな。それに紳士ともなれば、女に頼まれれば断るわけにはいかないだろ?」


「取ってつけたような理由だな」


「仕方ないだろ? こっちもアンタを掴みかねてるからな。どういう理由かは知らないが、アンタはセリスに死なれたら困るんじゃないのか?

 セリスとの模擬戦も訓練だったと考えれば辻褄つじつまが合う。

 そうでなければ討伐訓練のときも放っておけばよかったんだからな」


「…………」



 ファノンの言葉にセリナは答えない。明らかにセリナはなにかを探るために来ているのは確かで、ファノンもそのなかで優先して確定するべき情報を選んで言葉を投げかけていた。



「ここは間違ってなかったみたいだな。なら一つ教えてやるよ。アンタが信じるかは知らないけどな。

 昔助けられたことがあるんだよ。俺は意識を失っていたから記憶にないんだけどな」


「お前のようなふざけたヤツを助けるなんて、奇特なヤツがいたようだ」


「アンタも魔力暴走は知ってるだろ?」


「歴史上でも数名だけだが、魔力の制御が利かずにちりとなってしまい、あとにはなにも残らない現象だな」


「俺も小さいときになったんだよ」


「まさか――――助かったのか?」


「オヤジたちはわらにもすがる思いで神聖魔法を頼ったらしいが、案の定ダメで打つ手がない状態だったらしい」


「…………」


「そのときそれを見ていた女が、一か八かでいいのならできることはあるって言ったんだ。

 今も魔力暴走に対してできることがないのは知られている。

 胡散臭うさんくさい話ではあるが、どのみち俺に残っていた未来はちりとなることだけだ。

 追い詰められていたというのもあったんだろうが、オヤジたちはその一か八かに賭けた」


「……何年前の話だ?」


「もう一三年前だな。その俺を助けたヤツが言っていたらしい。俺を助けたのはたまたまだと。

 そしてもし助かったのなら、助けられて拾った命は同じように誰かを助けてやってくれってオヤジたちに言っていたらしい。

 俺はふざけた性格をしてるかもしれないけどな、俺の助けを必要としているヤツには手を貸すことにしている。

 まぁ俺じゃなくてもいいようなことは放っておくんだけどな。セリスの護衛をしているのはそれだけだ」


「…………まぁいいだろう」



 そう言うとセリナは身体を起こしてベッドから降りた。

 さっきまでの雰囲気は消え去り、もう用はないというかんじだ。



「信じたのか? こんなの普通信じないぞ」


「さぁな。だがどちらにしても、お前はセリスへの訓練で実力を伸ばしている。

 セリスと模擬戦をしたとき、明らかに実戦的な動き、反応が見て取れた。

 これらのことから、お前が護衛というのは事実なんだろうと思っただけのことだ」


「そうか。それで? 夜這いしにきたんだろ?」


「なんだ? お前は私を抱きたいのか?」


「紳士は女性の相手をするものだからな」


「十分話し相手にはなった。これ以上は必要ないな」



 セリナは言い捨てるように背中を向けて出ていった。



「確証がないだけの薄い線だったが、セリナがネビュラではないのは決定的だな」



 ファノンがセリスの護衛に就いてからも襲撃は続いている。むしろ先日のような大規模なものまで起こっている状況。

 先日のことはなにかがあると推測するには決定的なことであったが、使い捨てのような襲撃者くらいしか情報がないため、ファノンはセリスをなにから護ればいいのかがわからない。

 唯一情報らしい新しい情報はセリナだ。



「なにかあるよな」



 襲撃とは逆の立場だとは思われるが、セリスがなんらかで関係しているのはさっきのことで間違いない。

 だがセリナもすべてを把握はあくできているわけではないのだろう。

 ファノンの存在がどういう立場にあるのかをわざわざ確認しに来ているのだから。

 だがそんなことをすれば、セリスについてなにかがあるという情報をファノンに与えることにもなる。

 それがわかっていながらセリナは来ていたということであり、それをトレードしてでも確認するべきだったということなのだろう。



「とりあえず今のところ、敵ってことはないな」





 翌朝の朝食。討伐訓練の休みが昨日設けられていたが、今日は通常通りに学院がある。

 ファノンが食堂に行くと、すでにセリスたちの三人は制服に着替えて食事を取っていた。



「今日は珍しく少し遅かったですね」


「少々意外な印象ですね」



 セリスが言うと、エルザが感心しているような目を向ける。

 セリナは視線だけを一度向けるが、そのまま食事を進めていた。



「ちょっと過激な夢を見て、それを思い出してたら遅くなった」


「いったいどんな夢を見ていたのやら」



 そんなことで遅くなったんですか? というような顔をセリスが浮かべて言うが、その表情は次第に変わっていくことになる。



「俺が寝てたらエロい女が四つん這いで上から見てるんだよ」


「「「…………」」」


「俺の目の前にはその女の谷間があって、持ってみたらそこそこ重量感がありそうな大きな胸がある。そんなの男なら見ちゃうだろ?」


「し、知りませんよ。そんな夢を見てたんですか?」


「「……」」


「でも俺は紳士だからな。見えちゃってるからって教えてやったんだ。そしたらな、見たければ見てもいいって言われたんだよ。もしかしたら触ってもよかったのかもしれない」


「そ、そんなのもう痴女ちじょというものでは?」


「そ、そうですよ!」


「それを思い出してたら遅くなった」



 セリスとエルザは顔を赤くして言うが、セリナだけは違った。

 鋭い視線、明らかに殺気に近いものをファノンに向けている。



「夢の話はやめてサッサと食べよ」

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