第25話 お礼の味

 庭にある訓練場をあとにしたセリスたちは浴場に来ていた。



「まさかセリナさんが訓練を始めるなんて思っていませんでしたよ」



 セリスたちが訓練場に訪れると、警備の者たちがいつものように訓練をしていたのだが、それに興味を持ったのかセリナが参加したからだった。



「たまには違う環境での訓練も悪くない」



 訓練後にそのままの状態で食事というわけにもいかないと、セリスが二人に一泊することを提案して今に至っている。



「昨日のもそうですが、今日の訓練にしてもセリナさんを見ていると、本当に私はガイアの魔力を宿しているのかと思ってしまいますわ」


「それは私も同じです。以前の模擬戦でも、セリナさんになにもできなかったですし」



 三人で湯に浸かりながら、二人の聖女候補がため息混じりに言う。

 そんな二人にセリナは、いつもの涼しい顔で答える。



「単純に経験の差だろう。私は二三で、お前たちとは約七年の開きがあるからな」


「セリナさんは二三歳だったんですね。年上だというのはなんとなくわかっていましたが」



 魔法聖騎士学院に入学するのは、人によってかなりバラツキがある。

 貴族でも能力的ストレートで入学できるのは希望者の半数に満たない。

 一般家庭においては金銭のこともあるので、さらに遅れることも珍しいことではなかった。

 ただセリナに関しては、首席というのと雰囲気から、誰も踏み込んだ話ができていなかったという実情で年齢不詳になっていたのだ。



「心配せずとも、二人はヴァルキュリア戦術も扱えるようになるだろう」


「「――――!」」



 突然魔法騎士の最強戦術を扱えるようになると言われ、二人はあからさまに驚いた顔を浮かべていた。

 そして恐る恐る、セリスが問いかける。



「もしかして、セリナさんはヴァルキュリア戦術が使えるんですか?」


「使える、と言ったら信じるか?」


「「…………」」



 判断に困る意地悪な質問。ヴァルキュリア戦術は魔法騎士の最強戦術であり、すべての魔法騎士が習得を目指すもの。

 それでも扱えるようになるのは極々少数。それは過去から現在に至るまで、習得できた者が一〇〇人にも満たないことが証明していた。

 そしてヴァルキュリア戦術を使える魔法騎士は、例外なく各国の騎士団長に抜擢されている。

 それほどのモノであるため、二人はセリナに答えられなかった。



「ところでファノンだが、ヤツはどういった経緯でお前の護衛になった?」


「そうです! あれほどの人材、騎士団でもそういませんよ!」



 セリナが訊ねると、エルザも興奮気味にこの話題に食いついた。



「えっと、以前襲われたところを偶然助けられて。そのときにファノンさんは気が引けていたみたいですが、私から強引にお願いしまして」


「あれほど完璧に魔法を行使できるのですから、セリスさんが強引に頼み込んだのも当然ですね。

 コキュートスもすごかったですが、あのサテライト・ギアという魔法……。

 相当な魔力コントロールができなければ扱えないはずです」


「ヤツは水以外に魔法属性はないのか?」


「私はそう聞いていますし、実際水属性以外の魔法を使っているところは見たことがありません」


「あれほどの魔力コントロールができるのであれば、ヴァルキュリア戦術も夢ではないでしょうに。

 火、風、火と風の複合である豪炎のヴァルキュリア戦術しかないですから、せめて火か風のどちらかでも属性があったらと思ってしまいますわね」





 夕食の時間となり、ファノンは食堂ではなく個室へと向かう。

 食事がセリナへのお礼ということと、侯爵家のエルザがいたからだろう。

 レイテッド家の当主であるメイヤのときは四角いテーブルであったが、今回は円卓で用意されている。



「なんだか機嫌がよさそうだな?」


「アンタは狙って言ったわけじゃないだろうが、ここのビーフシチューは旨いからな」


「味音痴ではないということか?」


「バカいえ。俺は無類の美食家と見られているぞ」


「顔がよくて、紳士で、美食家で、あとなにがありましたか?」


「器も大きいと言われているな」


「いったい誰に言われているんですか。ファノンさんはまだまだ言われていることがありそうですね」



 もうこの手のことには慣れているのか、セリスは呆れたように言ってオードブルを口に運ぶ。



「それにしてもファノンさん、とても綺麗にお食事をされますね。私から見てもそう思いますので、少々意外でした」


「確かにそうだな」



 エルザの意見にセリナも同意を示すが、セリスは少し違う反応をしていた。

 はじめはセリスも同じ反応をしていたのだが、レイテッド家と関わりがあることを知っているというのもあるからだろう。

 そういう意味では、あながちファノンが美食家というのもあり得ないことではないのかもしれない。

 あくまで可能性の話であり、日々のファノンを見てそう思う人がいるかはわからないが。


 そして今日のメインであるビーフシチューが運ばれてきた。

 真っ白で少し中央がくぼんだ形のスープボウルに品よく盛り付けられている。

 ファノンはそれをまだ口にもしていないのに、満足そうにうなづいていた。



「セリスお嬢様の命の恩人に対するお礼と聞き及んでおります。とても釣り合うものではないかもしませんが、私に作れる最高のものを作らせていただきました」



 シェフ自らサービスし、深く頭を下げて一礼した。もちろんそれはセリナだけではなく、ファノンに対してもであったが。

 だがシェフはセリナに対して明らかに緊張している。命を助けた見返りが自分の料理ということがそうさせてしまっているのだろう。

 そしてさらにそうさせていたのは、要求したセリナがなにかを抑え込んでいるような表情で料理を見ているということも関係しているはずだった。

 セリナがナイフとフォークを手に取り、中央に置かれている肉を一口分切り分ける。

 肉はいつも通りやわらかく煮込まれていて簡単にほぐれる。



「美味しい……」


「っ――! ありがとうございます!」


「だろ? このビーフシチューは王族に出しても舌を巻くぞ」


「……ぁぁ、本当に、美味しい。ずっと昔に家族と食べていた味を思い出した」



 張り詰めた緊張感に似たものが解け、ファノンたちも食事を進める。

 このあとにはデザートも続いたのだが、出されたのはクレープ。

 これはエルザが連れてきていた料理人が担当したらしく、こちらに関してもみな堪能したようだった。





 そして夜が更けてほとんどの者が眠っている時間。



「気づいているのだろう? 下手な芝居はやめろ」


「夜這いか?」



 セリナが四つん這いでファノンの上にまたがり、横になっているファノンの胸に手を当てている。

 上にガウンを羽織ってはいるが、その下はレースを基調とした寝巻き姿。

 客観的に見ればセリナはすでに大人の女性としての魅力を備えているのもあって、こんな姿で目の前にいれば色気を感じてしまうのが普通だろう。

 だがこんなシチュエーションとはかけ離れている眼光がファノンを見下ろしていた。

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