第23話 圧倒する実力

「……エルザさん、あと少しの間私たちも」


「……えぇ、そうですね!」


 ファノンは前に出る形で包囲の半分と対峙たいじしている。

 至るところでファノンのサテライト・ギアにやられているようで、周囲は騒がしくなって混乱していた。

 そうなっては今までのようにタイミングを測っての攻撃などできなくなる。

 サテライト・ギアをなんとかしようとする者と、ファノンたちに向かってくる者とバラバラの行動。

 それはたとえ距離を詰められたとしても隙き以外のなにものでもない。

 しかもセリスとエルザは、さっきまでと違って二人で同一方向を相手にできる。

 ファノンが現れたことですでに包囲網は瓦解がかいしている状態といえ、セリスたちの戦意も持ち直す。


「発現者を倒せ!」


 サテライト・ギアが荒れ狂うなか、サテライト・ギアを発現させているファノンを倒すために襲撃者たちが突っ込んでくる。

 ファノンは空いている左手を撫でるように横に滑らせると、その先には水の障壁が壁のように襲撃者たちを阻む。


「ウォーターブレード」


 さらに剣を横ぎに払うと、水の斬撃が襲撃者を真っ二つにする。


「――もらった!」


 それでもなんとかファノンへと到達して飛びかかる襲撃者。

 飛びかかり足を地面から離してしまえば、もう動きを変えることはできない。

 完全なる悪手であり、その動きはもはや獣と変わらない。

 視線を横に流して捉えたファノンの口が紡ぐ。


「キィワスギア」


 飛びかかる襲撃者の周囲に六つの球体が現れ、高圧縮された水流が串刺しに。

 身体中を串刺しにされた者はその場に落ちて絶命。

 場が混乱していれば、闇雲に魔法も撃たれる。だが青の世界を展開しているファノンは、魔法が発現する前段階からそれを感知してしまう。

 魔法が発現した直後に発現者もろとも水弾で砕く。

 魔法に対処できず、人数で圧倒的に上回る襲撃者がファノンを近接戦闘に持ち込むことすらできない。

 文字通り手も足も出ないと状況。そうなればターゲットであるセリスたちだけに向かって終わらせてしまおうとする者も出てくる。


「「――――!」」


 群がるように二人に走り始めた襲撃者の動きを感知したファノンが、背中を向けたまま左腕を伸ばす。


「コキュートス」


 それは青の魔法と同じ最上位に位置する魔法。

 二〇人ほどを球体のろうに閉じ込めると、そのなかをいくつもの激流が暴れる。

 あるものは引きちぎられ、あるものは激流にえぐられた。

 あっという間にろうは赤く染まって消え去る。


「……コキュートスまで視認せずに完璧にコントロールするなんて。

 こんなの現役の騎士団にだって、そうそうできる者はいませんよ。

 どうして彼のような人がいまさら学院にいるんですか?!」


「私の護衛ですから」


 戦況は完全に傾いていたが、それを変化させる者がこの場に現れる。


「無事なようだな」


「え――セリナさん?」


 意外だったのか、セリスが呆けたように名前を呼んだ。


「ずいぶん汚れてはいるようだが、問題はなさそうだな」


「は、はい。でもどうしてセリナさんが」


「話はあとだ。もう半分は私が持ってやる。お前たちは自身を守ることにだけ集中していろ」


 そう言うとセリナは一瞬目を閉じて口を開いた。


「――銀世界」


 それは戦闘現場とは思えないような幻想的な場所へと変化させていた。

 木々の合間から射し込む夕日に照らされ、氷の結晶がキラキラと辺りを輝かせる。

 もはや別空間と表現しても間違っていないだろう。


「アークブレイズ」


 向かってくる襲撃者に対し、セリナは剣先を地面に向けて払った。

 一瞬地面が蜃気楼しんきろうのように揺れると、鋭利な刃が地面から襲撃者を襲う。


「まだそれなりに残っているようだな……まずは引っ張り出すか。ジャベリン」


 静かにセリナが口にすると、一〇〇以上ありそうなジャベリンが空から降り注ぐ。

 それは襲撃者たちを背後から迫るように放たれ、それで負傷する者と強制的にセリナが視認できる場所に追われた者とになった。

 すかさずセリナの追撃が撃たれる。

 セリナの左手が掲げられると、周囲に様々な大きさの岩、石などが発現。


「グレーターロック」


 表情一つ変えず無慈悲に握られた左手。発現していた岩や石が立っている襲撃者たちを押し潰す。

 あるものは押し潰される前に身体をえぐられ、なかには頭部を吹き飛ばされて絶命している者もいた。

 グレーターロックで築かれたのは巨大な岩の墓標。

 抵抗もさせずに終わらせたセリナだに、セリスとエルザは言葉が出ない。

 それほど圧倒したセリナであったが、それを見て初めて表情が動いた。


「なん――だと……なんだあれは」


 確認するようにセリナが視線を向けると、ファノンの方でも同じことが起きている。

 セリナはそこで初めて剣を抜き放つ。

 グレーターロックで築かれた山が弾け、押し潰されたはずの者が何人か彷徨うように出てきている。

 だがその姿は人のそれではない。肌は灰色になり、様々な異形の姿。

 頭部が半分に割れた口になっている者。身体に魔物の頭部が生えている者など、姿は様々だが明らかに同じ現象が起きている。


「すべての者が同じというわけではないのか」


 明らかにセリナの表情は青ざめ、焦りの色が強く出ていた。

 そしてセリナとそう変わらない反応をファノンも示す。


(魔力暴走しているのか?)


 さっき倒した死体で黒い靄が現れたのとそうでないものがあった。

 靄が現れた死体のなかでも魔物化したものと、死体ごとちりとなったものがある。

 さらにそれは、まだ生きていた者たちも同じであった。

 黒い靄が現れなかった者は、ファノンたちと同じように理解できておらず混乱している。

 せめてもの救いと言えるのかはわからないが、魔物化したのは数名と一〇もいないこと。


「っ――――ウォーター」


 三本足に腕から腕が生えている魔物が迫り、ファノンが巨大な水弾で牽制けんせい

 ファノンの水弾に腕が持っていかれていたが、それがすぐに再生を始める。


(まさか魔力の核があるのか!?)


 ファノンが信じがたい目を向ける。魔物には魔力を核としているのもいる。

 この魔物は魔力によって再生するのが特徴の一つ。

 さっきまで人間だったはずなのは間違いないため、この現象は信じがたいことであった。


「ファノン! 化け物をまとめてやる。寄せよ!」


 魔力を核とする魔物は魔力が続く限り再生するため、大して強くない魔物であってもランクが高く設定されている。

 魔物のランクは一番下でFランクだが、核を持つ魔物は一番下でもDランクに設定されていることからもわかる。

 それだけ再生は厄介であるため、まとめて倒せる策があるのなら渡りに船であった。

 ファノンは左腕を押し払うように振って――。


「タイダルウェーブ」


 ファノンの動きに連動するように水が吹き上がる。

 それは五メートルほどの高さから魔物に迫って押し流す。


「――――! キャステル」


 横から押し流されてきた魔物を確認した瞬間、セリナが両手を合わせて組んだ。

 同時に土属性の壁が魔物の周囲に展開され、それはドーム状へと姿を変える。

 完全に魔物化したものを閉じ込め、セリナはさらに魔法を重ねる。


「エクスプロージョンアルファ」


 ドームが爆音と共に一瞬揺れるほどの現象がなかで起きている。

 爆裂魔法であるエクスプロージョンが、他の魔法とは一線を画すのはその威力もさることながら、瞬間的に爆発が起こるため視認したあとではなにもできないというところにある。

 しかもドームのなかでは一発どころか、連鎖的に聴こえる爆音が四発五発と続く。

 セリナが組んでいた手を解くとドームは崩れ、黒い煙がなかから開放される。

 ドームであったそこは魔物だけではなく、草木も消え去り地面もえぐれてしまっている。

 そんな光景はエクスプロージョンの威力を如実にょじつに示していた。



「――な、なにも残ってませんね」


「魔力を核にしていたようだからな」



 エルザの言葉にファノンが答えると、少しだけ緊張していた空気が緩んでセリスも口を開いた。



「四つの魔法属性を今まで使っていたのでもしかしてと思っていたんですが、セリナさんエクスプロージョンを使えたんですね」


「こんな魔法滅多に使わんがな」



 セリスが訊ね、エルザもそれについて訊ねる。



「なかは見えていませんでしたが、何度も発現していませんでしたか?」


「エクスプロージョンはお前たちも知っている通り威力が高い爆裂魔法だ。

 だが威力の調整が利きずらいから使い勝手が悪い。

 だから少し改良して小規模爆発にし、連鎖的にすることで威力を補っている」



 エルザの質問でファノンは、以前のファノンが持った感が正しかったことを確信していた。

 改良するということは、それを使って改良に迫られた状況があったと考えるのが妥当だとうだ。

 研究心で改良する研究者というパターンもあり得るが、セリナは明らかにかなりの戦闘経験を持っていることがわかる。

 となれば、研究者というパターンはかなり低い。

 つまりセリナは、威力が一番高いような魔法を改良しなければならないほどの戦闘をしてきているということであった。

 セリスとエルザはこの可能性にまで考えが及んではいないようであったが。

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