第19話 野外討伐訓練

 ピエールの件はハーヴェスト家に対する影響もあり得ることであったが、特にカルダン家やピエールが動くことはなかった。

 これは現場を他に見ていた者がいなかったというのが理由ではないかと推測されていた。

 ピエールからすれば、ファノンに抑えられなにもできなかったというのは失態と言ってもいいだろう。

 家を使って圧力をかけるとなれば、それなりに理由は必要になってくる。

 だがカルダン公爵家はハーヴェスト家と繋がりを持つ機会を探っているような状況であるため、圧力などをかけるような動きは真逆となってしまう。

 つまりカルダン家を動かせるだけの理由が必要であり、わざわざ自分の失態をさらすことをピエールが避けたのだろう。

 ハーヴェスト家が警戒をしていたなかカルダン家の動きはなく、ファノンとセリスは野外討伐訓練の日を迎える。




「私たちの班は聖騎士科の方と魔導士科がいますから、オーソドックスにセリスさんと私がアタッカーに入るのでいいですよね?」



 エルザの提案に、セリスたち他のメンバーも同じ意見だと賛同する。

 セリスの班にはエルザの他に、聖騎士科と魔導士科の二名が編成されていた。

 魔導士科の学生は後衛配置となり、聖騎士科の学生はその前でガードの位置に入るオーソドックスな陣形を採用。

 他の班も基本はこの編成が多いが、班によっては魔法騎士科が三人というのもある。

 これは神聖魔法を扱える者が、比率として少ない傾向にあるからであった。



「あまり今までお話しはできていませんが、よろしくお願いしますね」



 一通りの確認が終わったところで、エルザがセリナに話しかけた。



「はい。私の方こそよろしくお願いします。お話しできる切っ掛けがなかなかなかったのでうれしいです」


「そうですね。周囲の目もありましたから話しかけづらかったというのもありましたものね。

 それにしても野外訓練ですが、騎士団の方々が多いように感じますね」



 セリスたちは聖都から西にある森の前で待機している状態だ。

 時間はまだお昼前であり、少し早い昼食をすでに済ませていた。

 学生たちには不測の事態に備え、周囲にそれを知らせる魔石が配られている。

 たとえ危険度が低い今回のような訓練であっても、不測の事態が起きないとは限らない。

 そのため実戦での討伐訓練には、必ず騎士団から数班派遣される。

 今回派遣された騎士団の数は、エルザの言う通りかなり多い。

 これはセリスが二度も襲撃を受けていることと、まだそう日も経っていないための措置であった。

 とはいえセリスたちは今回が初めての野外訓練であったため、なんとなくというかんじでしか判断はできていない。



「先日のセリナさんとの模擬戦で思ったのですが、セリスさんはなにか特別な訓練をしているんですか?」


「屋敷でもしているくらいで、特別な訓練と言うほどではないと思いますが」


「そうなんですか? セリナさんは別格という強さでしたが、私もあそこまでセリスさんのように戦えたかはわからないと感じました」


「二度襲撃されて、以前と少し感覚が変わったような気はするかもしれないです。

 訊いてみたかったんですが、エルザさんも狙われたことあるんですか?」


「いえ。セリスさんの件は聞いていたので、私の方も護衛はいるのですが今のところは」



 太陽が一番高い頃、騎士団が森の上空へ風魔法のレオールで上がっていく。

 四方に三班ずつ、三六人の騎士団員が上空で待機する。

 同時に風魔法で拡声した講師の声が学生たちに響いた。



「これより野外討伐訓練を実施する。今回の訓練は、魔物の討伐がどういう場所であるかを肌で感じるのが目的で戦闘が目的ではない。

 いいか! 魔物を発見しても戦闘は極力避けろ! たとえEランクのゴブリンであったとしてもだ。

 周囲の警戒を厳にし、索敵さくてきおこたるな。先に相手を発見することで戦況は大きく変わる。

 お前たちが楽観視できる魔物などいないと肝に銘じろ!」



 訓練前の心構えが告げられ、それぞれの班が森へと足を踏み入れていく。

 これから暑い季節に変わっていく時期で、緑も青々としている。

 日射しが木々の合間から射し込み、景色はほのぼのとしたものを感じさせた。



(みんな緊張して、もう肩で息をし始めてる。ファノンさんが言っていたのは、こういうことだったのかな)



 セリスがエルザたちを見ると、緊張で足取りがかなり硬い。警戒をしているのだろうが、どんな変化も見逃さないというような目をしていた。



(これだと意識が向いてないところは逆に無防備な状態になりそう。まだ数時間はあるのに、こんなの絶対に保たない)

「ちょっとだけ休憩しましょうか」


「「「――――――」」」



 まだ森に入って間もないこともあって三人は怪訝けげんな表情を浮かべるが、セリスの意見に反対は出ない。

 セリスは率先して木の幹に背中を預け、一度周囲にサッと視線を流した。



「三人とももう少し気楽にした方がいいかと」


「「「…………」」」


「これは少し前に私が言われたことなのですが、あまり集中して警戒しても疲れてしまうだけです。

 目の前に魔物がいるとかなら別ですが、そんな状態をずっと続けることなんかできません。

 それよりもサーッと広い範囲を軽く見渡すようなかんじで、ん? って思ったときに警戒レベルをすぐに引き上げられることが大事かと」


「わかってはいるんですが、なかなか難しいものですね。見渡すようなかんじというのは、案外イメージできてわかりやすい表現な気がします。

 むしろ今日のような訓練では、戦闘以外の部分を学ぶべきなのでしょうね」

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