第18話 非常識な護衛
ファノンが歩き出して強制的に解散となる。まるでなにもなかったかのように歩いているファノンに、セリスが話しかけた。
「ファノンさん」
「ん?」
「どうして私たちがいたところがわかったんですか?」
「誰かがセリスに会いに来て場所を移したって聞いたからな。中庭の辺りで見かけたっていうのもあったが、ザッと見回しても見当たらない。
この時点で建物外って可能性は高かった」
「どうしてですか?」
「ならどうして中庭に出る? わざわざ外に出る必要ないだろ? あとは死角になりそうなところに目星をつけるだけだ」
「なるほど。いつもふざけていますが、意外と知的な思考をされるんですね」
「おいおい、知的で有名な俺を知らないのか?」
まるで心外だとでも言うようにファノンがセリスに目を向けた。
そんなファノンを見て、セリスはため息を吐いて続ける。
「そういうところですよ? さっきだってデザートのことを言っていましたし」
「朝から楽しみにしていたからな。ババロアの障害になるなら、いかなるものであっても
「……そうですか。なら早く帰宅しないとファノンさんが暴走して危ないですね」
「そういうことだ」
そして夕食の食堂。ハーヴェスト家では、食事の提供時間は二時間の間に決まっている。
この時間帯のうちにそれぞれのセクションが交代で食事を取っていた。
基本的にはベントやセリスに関しても、なんらかの事情がない限りこの時間内に食堂を訪れている。
必然的に警備や執事、メイドといった人たちと居合わせることは日常の光景となっていた。
「一番大きいババロアをくれ」
「どれも同じ量で作られているに決まっているでしょ。ファノンは子供ですね」
一緒に居合わせたリーゼが言うと、セリスは苦笑いを浮かべていた。
そんなリーゼにファノンは言う。
「リーゼは今までにミスをしたことがないなんてことはないだろ?」
「当たり前です。
「それと同じだ。誰にでもミスはあり、分量のミスを料理人がしていてもおかしくはない」
「「…………」」
料理人が魔導具で制御された冷蔵庫から取り出した箱には、ファノンのお目当てであるババロアが並んでいる。
一応見比べてはいたようであったが、ファノンに提供されたババロアはセリスやリーゼと大きさは同じであった。
「ミスのない、いい仕事をしているみたいだ」
言葉は賛辞を述べているが、ファノンの表情は少し残念そうにしている。
そんなファノンに、思いがけないことが起きた。
「仕方ないですね。そんなに楽しみにしていたのなら、今日は助けていただいたので私の分をあげます」
セリスがファノンのトレーにババロアを移し、ファノンのトレーには二個のババロアが並んだ。
「いいのか? 俺は貰えるものは貰う主義だぞ」
「かまいませんよ」
「ありがとな。護衛を引き受けたかいがあるってもんだ」
そんなやり取りを見ていたリーゼが、少し視線を鋭くして訊ねた。
「セリス嬢、なにかあったのですか?」
助けるというのは色々な意味で表現される言葉だ。だがファノンはセリスの護衛であり、過去にセリスは襲撃されてもいる。
警備を担っているリーゼからすれば、この分野において
だがセリスは顔を赤らめ、言いづらそうにしている。
そうなるとリーゼの鋭い視線はファノンに向かうことになった。
「――――キスされそうになってただけだ」
「なっ――――」
目を大きくして信じられないというような表情を浮かべたリーゼだったが、直ぐにその瞳には殺気とも取れるような色を宿していた。
「そのような蛮行、どこのどいつだ!?」
「俺が知るわけないだろ。俺とは違って
当然のように言ってサラダを口に運ぶファノンを見て諦めたのか、リーゼはセリスの方へと視線を向けた。
「カルダン公爵家のピエールさんです」
「な――――――」
相手が公爵家の者だと聞き、リーゼは絶句と言ってもおかしくない反応をする。
公爵家というだけでも対応は難しくなるが、カルダン家となれば王族と血縁関係にある貴族。
しかもそんな相手をファノンは知らないとまで言っていた。
「ファノン、ほ、本当にカルダン家を知らなかったのか?」
「知らないな」
知らないのも問題ではあるのだろうが、逆に知らなかったがゆえに動くことができたというのもあるだろう。
だがファノンの性格を考えれば、そんなこと関係ないようにも思えたのだろう。
今までのファノンの言動を思い返したのか、リーゼが訊ねた。
「訊きたいのだけど、セリス嬢を助けたのでしょう? いったいどのような言葉で制止させたんです?」
「ん? 端的に言うと壁ドンみたいな感じだったから、後ろから頭を掴んでやって止めた感じだな」
「――――そ、そうですか……」
なんでもないことのように言うファノンを見て、リーゼはまたも言葉がないというかんじだ。
そんな二人を見てセリスは苦笑いになっていたが、リーゼが自分のババロアをファノンのトレーに移動させていた。
「なんだ? くれるのか?」
「しっかり護衛の仕事をしたようですから」
王家と繋がりがある公爵家の人間の頭を掴むなど非常識ではあったが、それでもファノンが護衛としての仕事をしたのは事実。
それをリーゼはババロアで評価したようだった。
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