第17話 貴族社会の策謀

「ここならゆっくり話せるかな」



 セリスが連れてこられたのは中庭の端で、建物で死角になっているような場所だった。

 ピエールが壁を背にして見てきたので、セリスも隣で同じようにする。

 本当はもう少し距離を空けておきたい気持ちがはあったが、距離を空け過ぎれば警戒していると思われてしまう。

 相手が王家に連なる公爵家だということを考えれば、貴族社会に入ったばかりのセリスがそのような無礼をするわけにはいかなかった。



「お話というのはなんでしょうか?」


「聞くところによると、襲撃されて護衛を失ったらしいね?」


「…………」


「以前も当家から申し出たと思うけど、今からでもこちらで指折りの者を用意させてもらいたいと思っている」



 セリスは家同士の会談で、以前カルダン家から護衛をつける申し出をされていた。

 通常であればぽっと出の伯爵家にこんな申し出などまずしない。

 これは明らかにセリスが聖女候補であるからであり、繋がりを持とうとカルダン家が動いてきたということであった。

 魔力を二度受けているセリスは、すでに歴史に名前が残るのはほぼ確実な状態である。

 三度目を受けることがあれば、セリスの価値は歴史上に於いても重要な存在になる可能性もあった。

 そんなセリスを貴族社会が放っておくわけもなく、様々なルートから繋がりを持とうと他家が動いている。

 セリスの家がいきなり伯爵家に取り立てられたのも、こういった政治が働いた結果。

 そのため護衛の申し出などを受けて借りを作ってしまえば、なにを要求されるかわかったものではなかった。

 そういうことを商家であったベントはよく理解していたため、これまでうまく立ち回ってもいた。



「それは父上からお断りをさせていただいていると思いますが」


「そうだね。でも用意した護衛は失う結果になった。キミが無事で本当によかった。

 でも当家からの護衛であったなら、死ぬようなことはなかったかもしれない」


「――――」


「ハーヴェスト家から見ても、当家と繋がりを持つことは悪い話ではないと思うんだけどね」



 ピエールが言うように、そう考える貴族は多いはずであった。

 だがハーヴェスト家は元々商家であり、今は爵位があって領があるとはいえそれは変わらない。

 そういう意味でハーヴェスト家は、一般的な貴族とは少し違っていた。

 とはいえ貴族社会はそんなことは関係なくあり、貴族としての立ち回りをすることになる。

 今のピエールに対しても、理由もなくただ断りを入れることなどできなかった。



「昨日の魔女の件もあるしね。まぁ魔女が相手なんてことになれば、いくら当家が用意した護衛でもただでは済まないと思うけど。

 なにしろ騎士団長を相手に立ち回ったくらいの実力のようだし。

 だけどそんな事件があったからこそ、こうして言っているんだ。

 噂だと今の護衛の実力は、お世辞にもいいとは言えないようだから」


「そのようなことは――――」



 ピエールの言葉にセリスは反論しようとしたが、反論できるだけのものがなかった。

 実力を知っているのはセリスだけであり、ファノンの成績は下から数えた方が圧倒的に早い。

 ファノンのことを持ち出してくるということは、それくらいすでに調査済みのはずであった。

 反論できなかったことでセリスは口をつぐんで目を伏せる。



「――――」


「っ――――な、なんですか! 冗談は止めてください」



 セリスが顎に触れられたと思ったときには、ピエールが正面から見つめてきていた。

 顎を持ち上げられて顔を合わせるような形になっている。



「私たちがこういう関係になれば、両家の発展になるはずだよ」



 セリスは両手でピエールの肩口を抑えていたが、一瞬身体強化をしそうになっていた。

 身体強化をしていれば押し返すことなど簡単にできたはずだったが、そうなればピエールを弾き飛ばす結果になっていただろう。

 魔導士は魔法騎士ほど身体強化が得意ではない。

 それに加え今ピエールは身体強化をしていないため、そんな相手に身体強化で突き飛ばせばケガをさせてしまう。

 相手は公爵家の人間。そんなことになれば問題となるのは間違いないため、直前でセリスは思い留まっていた。


「合意が取れたと思っていいのかな」


 薄い緑色の瞳がセリスを見つめて近づいてくる。思いっきりセリスはを押し返そうと力を入れているが、それでもピエールとの距離は近づいていた。


「――――――」


 覚悟を決めたのとも違う。諦めたのも違う。ただこの後のことを目にしたくないと、セリスは目をつぶってしまった。


「っ――――!!」


「セリス、もしかして邪魔した感じか? もしそうなら帰ってもいいか?」


「えっ――」



 セリスが目を開けると、ファノンがピエールの頭を掴んでいた。



「だ、誰だ!? 離せ!」


「うるせぇな。お前には訊いてねぇよ」



 そう言うとファノンはセリスの顎に添えられていたピエールの手を後ろ手に固め、そのまま壁にピエールを押し付ける。



「あ、ありがとうございます」



 セリスはお礼と同時にファノンの後ろに回っていた。



「もしかして俺、タイミングよかったか? モゾモゾ動いてるコレ、どうしたらいいんだ? 面倒だからイモムシみたいにモゾモゾ動くなよ」



 片腕は後ろ手に決められ、頭も壁に抑えられているピエールはどうにか抜けようとしている。

 だがしっかり固定されてしまっていたため、抜け出すことができていなかった。



「……離してあげてください」


「ああ」



 セリスが言うと、ファノンは興味がないかのように呆気なくピエールを開放する。

 ピエールは顔や服についた壁のホコリを払うと、ファノンを値踏みするような視線を向けた。



「キミがハーヴェスト家に雇われたという護衛かな?」


「一応そういうことになってるな」


「ずいぶん品のない護衛のようだ」


「こんな所で青姦かまそうとしてたヤツには負けるよ」


「なっ――そんなことしようとしていません!!」



 ファノンが言ったことを真っ先に否定したのはセリスだった。

 顔を赤くして否定するセリスに、ファノンはいつもの調子で答える。



「冗談だろ? そんなムキになるなよ」


「そういう冗談はやめてください」


「なぁ、もう帰ろうぜ? 今日は夕食のデザートにババロアが出るんだよ」


「本当にふざけた性格をしているようだね、キミは。そんなんで護衛が務まるのかな?」


「今のところはな。行こうぜ」

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