第13話 ビーフシチュー
「もしかして食堂のメニューとは別なのか?」
軽く手を上げて近くにいる給仕を呼んで訊ねる。
なにごとかと他の三人が視線を向けているが、ファノンはそれを意に介さない。
「メイヤ様がいらっしゃっておりますので、フルコースのメニューをご用意させていただいております」
「じゃぁ今日予定されていたビーフシチューは出ないのか?」
三人とも目は点である。そんなファノンを見て、メイヤが口を開いた。
「わざわざこうしてご用意いただいているんですから、困らせるようなことは言ってはいけませんよ?」
「メイヤは知らないからそんなことを言えるんだろうが、ここのビーフシチューは他では食えない一品だ。
悪いが他の料理と一緒でいいから、俺の分ビーフシチューをもらいたい」
ファノンの注文に困惑し、給仕がベントへと視線を向けて判断を仰いでいた。
だがこのようなコース料理の準備をわざわざしているのだから、給仕が判断できるものではないのは当然。
そして今問題になっているビーフシチューだが、これは料理長が最も得意としている料理であった。
「肉料理と一緒に全員分用意しなさい」
「かしこまりました」
そして問題のビーフシチューが運ばれる。茶色というよりも、赤茶色をしたシチュー。
煮込まれた肉が中央に二つ置かれ、ニンジンなどの野菜が周りにちりばめられている。
「――――これは確かに。しっかりという言葉では足りないくらい重厚ですね。
まるでジビエのようにも感じるくらいですが、臭みなど少しも感じさせない。
コースメニューも素晴らしいものですが、確かな技術を感じますね」
「だろ?」
セリスは若干ファノンに呆れたような顔を向けていたが、ベントは満更でもない顔であった。
「食事をご一緒できて有意義な時間でした。ファノンがお世話にもなっていますから、有事の際にはできることであればお力添えさせていただきます」
帰り際のメイヤの言葉に、一瞬ではあったがベントとセリスの目が驚いたものになった。
レイテッドの面識ができただけではなく、ここまで申し出られるとは思っていなかったからだろう。
レイテッドの名前は、王家が仲裁に入れないような貴族間でさえ影響を及ぼすようなこともある。
ハーヴェスト家は伯爵位であり、決して低い爵位ではない。
だが元は商家からというのと、まだ上の爵位というのはあるため、レイテッド家と繋がりができたのは大きなことであった。
それこそファノンの態度があれなことなど問題になりはしないほどに。
もしかしたらそれを見越してメイヤは口にしたのかもしれないが、そんなことはどうでもいいくらいのできごとであった。
「ここまでで大丈夫です。状況の変化があったら連絡はするように」
「わかった」
メイヤが取っている宿は中央地区の一等地と呼べる場所にあり、オーナーは現第四騎士団団長のレイア・メディアスだ。
メディアスの名前は他の貴族とは一線を画する名家。
古くは三大貴族のなかに数えられていたが、聖戦が発動されたときに中心となって戦ったのがレイア・メディアスの祖先、クレア・メディアスだった。
クレアを含めた仲間は神騎であり、聖遺まで召喚する者もいたとされている。
そこには女神パナケイアの神託を受けることができた聖女までいたとされ、今の神騎、聖女と呼ばれるのはクレアたちから取って呼称されたものでもあった。
「ファノンさんがレイテッド家と繋がりがあったなんて驚きました。教えておいてほしかったです」
「べつに俺がレイテッドと関係があってもなくても、護衛とは関係ないだろ?」
「それはそうですが、その後の対応は変わっていたはずです。前もって知っていれば面会が通るかは別ですが、こちらからご挨拶に行くことはできましたから。
実際お父様もかなり慌てていたんですよ?」
「それは面白いな。もっとなにかできることはないか考えたいところだ」
ファノンの軽口にまた呆れた顔をセリスは見せるが、それが一瞬で変わっていた。
セリスを自身の後ろへ引きながら、ファノンは前に出て臨戦態勢を取る。
上空でかなりの火力を持つ炎が放たれるが、それは水魔法によって遮られた。
「っ――――ヴァルキュリア戦術の四枚羽ということは、第四騎士団長レイア・メディアス様!?」
セリスが目を見開いて驚きながらも、持っている情報から
上空で行われている戦闘には三人。
見たかんじ二対一で、レイア・メディアスは燃え盛る四枚羽を背負っている。
炎の四枚羽は火と風属性による複合魔法、豪炎のヴァルキュリア戦術だ。
セミロングで銀色っぽい茶色の髪は、四枚羽の影響で若干浮いて後ろに流れている。
だがファノンの目を引いたのは、レイアが右手に持っている刀。
通常のものより長く、種類としては太刀に分類されるものだった。
「それにもう一人の魔族の騎士の氷剣、第三騎士団長のライオット・ベルザー様まで!」
ライオット・ベルザーの魔法属性は水と風、その複合魔法の氷である。
ヴァルキュリア戦術で発現が目に見えるのは炎属性だけだが、状況的にライオットも風のヴァルキュリア戦術を行使しているのは間違いないだろう。
黒髪の隙間から糸目の鋭い視線が相手を捉えていた。
「銀世界」
ライオットが口にすると、上空の三人がいる周辺に銀の輝きがキラキラと現れる。
「あれは銀世界!?」
次々と使われる戦術と魔法に、セリスの視線は釘付けになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます