第11話 生死を分けるエビフライ

 次の日の朝、ファノンは食堂で朝食を調理場の前にあるデシャップから受け取った。



「…………」



 お皿にはベーコンとオムレツ、ソーセージとサラダがある。

 スープとパンにヨーグルトもあり、いかにも朝食らしいメニューだ。



「料理長を呼んでくれ」



 ファノンはそれを見て、料理を運んできたシェフに言う。



「料理長は朝食では調理場に立ちませんよ」


「そうなのか? それは朝食を軽視しているんじゃないのか?」


「え? いや……メニューは料理長が決めていますし、しっかり護衛をされている方々のコンディションも考慮されたものになっていますが」



 ファノンの言葉に、少し困ったような顔をしてシェフが答える。



「だが朝食は一日の活力とも言うだろ? 朝食がその日のパフォーマンスを決めると言えなくもない」


「…………夕食より朝食の方が大事だと言うことでしょうか?」


「なにを言っている。夕食は一日を終える最後の食事だぞ? そこで力を入れなくてどうする? 夕食が手抜きだと、セリスやベントのオッサンだってガッカリするぞ?」


「はい、そうですね……」


「いいか? この朝食に俺がセリスを守りきれるかがかかっていると言っても過言じゃないということだ。というわけでエビフライをつけてくれ」


「…………」


「……セリスの命がエビフライで助かる可能性もあるんだ。安いものだろ? 守りきれなかったときには、エビフライ分のエネルギーってことも……」


「少々お待ち下さい」


「わかった」



 シェフが一度お皿を下げ出てくるのをファノンが待っていると、セリスが隣に立って声をかけてきた。



「おはようございます。なにをしているんですか?」


「ん? 護衛をしっかり果たすために、コンディションに気を配っていたところだ」


「そうだったんですか? いつもふざけているのに珍しいですね」


「そんなことはない。俺は護衛に対しても誠実でいるからな」


「お待たせしました」



 シェフが出してきたお皿には、一本ではあるが大きなエビフライが添えられていた。



「お嬢様もエビフライをつけますか?」


「……私はそのままで大丈夫です」


「かしこまりました」



 少しムッとしたような顔を向けてセリスが言ってくる。



「このエビフライが気を配っていたところなんですね」


「日頃の行いがこういうサービスになって返ってきたんだろうな」


「しょうがない人ですね。あまりシェフを困らせないであげてくださいよ?」


「もちろんだ」



 学院が休みというのもあって、二人は食事のあとにゆっくり紅茶を飲む。



「こうしたゆったりとした時間のなかで、しっかり発酵された香り高い紅茶を飲むのも悪くない」


「紅茶の味がわかるんですか?」



 半信半疑というような視線を向けるセリスに、ファノンは優雅に答えた。



「王立魔法聖騎士学院に在籍している俺に愚問だな」


「…………」


「ところでこの家には給仕をするのはいないんだな?」



 ハーヴェスト家には、他家の貴族と同様に執事やメイドが雇われている。

 だが彼らが食堂で料理を運んでいるのをファノンは見たことがなかった。



「ウチが貴族として取り立てられたのは、私が聖女候補になってからです。

 それにお父様は料理を運ぶなら、他の仕事をしてもらった方がいいという考えなんです。

 もちろんお客様をお招きするようなときには、相応の対応はできるようになってもいますが」


「まぁそうだな。べつにここはレストランってわけじゃないしな」



 貴族という括りであれば、きっとベントの考えは珍しい。貴族というのは見栄という部分すら貴族というところがある。

 だがベントの考えは効率的であり商家らしい。

 ファノンはなんとなくだが、それを好ましく感じていた。




 その日の午後、ファノンが部屋で地図を見ているとメイドが呼びに来た。



「ファノン様、メイヤと仰るお方がお訪ねになっております」


「来たのか。セリスに声をかけていくから、先に屋敷で待たせておいてくれるとありがたい」


「かしこまりました」



 ファノンはメイドに頼むと、すぐにセリスの部屋へと向かった。



「入るぞ」


「…………」



 声をかけるのと部屋に入るのはほぼ同時であり、声をかけた意味があるのかはわからない。

 そんなファノンを見て、セリスは一つため息を吐いていた。



「女性の部屋だけではありませんが、ノックくらいはしてほしいものです」



 セリスが座っている机には魔法書が広がっており、どうやら魔法について勉強していたようだ。



「知り合いが訪ねてきたから、一応紹介だけはしておこうかと思ってな」


「一応ってなんですか。そういうことならご挨拶させていただきたいと思います」



 どっちでもいいみたいな態度のファノンを見て、セリスが唇を尖らせる。

 二人で応接室へと行くと、来訪者は二人で来ていた。



「メイヤ、まさか訪ねてくるとは思わなかった」



 メイヤと呼ばれた女性は二〇代半ばくらいで、長い水色の髪はまっすぐにおろされている。

 控えめながらもマニキュアで爪は彩られ、着ているワンピースはレースも使われた気品を感じさせるもの。

 どこからどうみてもどこかの貴族だと思ってしまうような女性だった。



「ファノン! 驚きましたよ? 珍しく連絡がきたかと思えば、しばらく護衛することになったなんて内容だったのですから!」


「少し手を貸したらな。どうやら事件まで寄ってくるくらい顔がよかったみたいだ」


「もうっ! 相変わらずですね。それでそちらの方が護衛対象の方ですか?」


「ああ、聖女候補のセリス・ハーヴェストだ」


「ご挨拶が遅れました。セリス・ハーヴェストと申します。魔法聖騎士学院の魔法騎士科に籍を置かせていただいております。

 ファノンさんには襲われていたところを助けていただき、その縁で護衛をお願いさせていただきました」


「そのようですね。セリスさんが無事でよかったです。私はレイテッド商会を預かっております、メイヤ・レイテッドと申します」


「――! レイテッド商会のメイヤ!?」


「なんだ? セリスは知っているのか?」



 レイテッドといえば、貴族、商家にあたる人物からすれば誰もが知るような存在だ。

 各国にコネクションを持ち、時には仲介なども引き受けているような立ち位置になっている。

 貴族という視点からでもそうだが、商家からすればなおさらレイテッドの名前は大きく、その存在を知らない者などいないと言えるほどの影響力を持つ。

 レイテッド商会の長は代々表立って動くことなどほとんどなく、貴族ですらコネクションを持とうとするくらいだが、会うことすらできないというのが通例であった。

 目の前のメイヤがそのような人物だと知り、セリスが焦りを覚えたのも当然だろう。



「ハーヴェスト家は今でも商家であるのは変わりませんから、レイテッドの名を知らないはずがありません」


「少しは顔が利くっていうのは知っていたが、けっこうすごかったんだな?」


「ファノン? うちをそんな認識でいるのはあなたくらいですよ?」


「す、少しお待ちいただいてもよろしいですか?」


「はい、かいませんよ」



 メイヤが笑顔で答えると、セリスは珍しく廊下を走ってどこかへ行ってしまった。

 そしてそう時間も経たずに戻ってきたときにはベントが一緒であった。

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