第10話 聖女候補

 学院が終わると、ファノンとセリスは屋敷での訓練を週四回で行っている。

 学院と同じ設備がハーヴェスト邸にはあり、これは剣や魔法などの現象を衝撃に変換してくれるものだ。

 ファノンにとっては実戦の感覚を維持できるというのがあるが、どちらかというと訓練の目的はセリスである。

 護衛をする上で、セリスがどれだけ動けるかというのは大きな違いだ。

 足がすくんでまったく身動きが取れないのと、場所を移動できるというのはかなりの違いになる。

 加えてセリスは魔法騎士科にいることもあり、実力を上げることは一石二鳥であった。



「スピードで捉えられないなら相手の動きを誘導しろ」


「はいっ――――ジャベリン!」


 ファノンの背後からセリスが発現したジャベリンが襲う。

 距離を取るためにファノンが後退したところをセリスは狙っていた。

 後退した瞬間であれば、必ずその対応は後手になる。

 それに加え後退するという動きがジャベリンに向かうことにもなるため、時間的猶予を短くできるという意味でもなかなかいい発想だとファノンは感じていた。

 セリスはファノンが回避行動を取ったところで距離を詰めるつもりだったみたいだが、ファノンがそれをさせない。

 ファノンは回避ではなく防ぐという選択をする。


「!!――――」


 ファノンは水の障壁を発現してジャベリンを防ぐ。

 これだけならセリスの想定内で距離を詰めることもできただろう。

 加えて言うなら、ウォーターの水弾を同時に撃つくらいのことはファノンならしてくる。

 だがファノンが発現したのは水の障壁であった。

 突然目の前に現れた障壁によって、セリスはそれを回り込む動きになってしまう。

 ウォーターであれば魔法をぶつけて相殺しながら近接戦闘に持ち込む余地はある。

 だが障壁は防御魔法であり、攻撃魔法のように相殺などそう簡単にできるものではない。

 障壁を上回る魔力で圧倒するという方法はあるが、攻防の最中一瞬でファノンを相手にこれをやることなど無理だ。

 この魔法障壁によって、時間的ロスを強いられることになったのはセリス。

 しかも障壁を回り込む動きをした直後にウォーターが撃たれたため、セリスはその衝撃を受けることになった。



「誘導っていうのはこういうことだ」


「水の障壁をあんな風に使ってくるのは想定外でした」


「あれだと俺の動きも視認できないから、あの時点でセリスは距離を取るべきだったな」


「…………それだと結局距離を詰められないじゃないですか」


「まぁそうだが、それでも仕切り直しにはできるからな。魔力コントロールが上がってくれば身体強化も上がって取れる選択も増える。大事なのはその見極めだ」


「なにができるかの見極めは生死をわけますからな」



 二人が声の方へ目を向けると、ハーヴェスト家の警備長であるシム・ハビットが来ていた。

 そしてその後ろにはワンレングスの大人っぽい雰囲気で二〇代前半と思われる女性。

 魔族の特徴である紫の瞳が、悲しそうにファノンに向けられる。



「セリス嬢の攻め手を逆手に取っての誘導。学院ではボッチ代表に選出されたりしていませんか?」


「なんでそんなことを心配されるんだよ?」


「なんとも意地悪ないやらしい誘導ですから、もしやボッチになっていないかと心配に」


「それでいくとしつこいリーゼはストーカーだな」


「ファノンが学院の間に、洗濯物のパンツをクンカクンカしています」


「……ウソだろ?」


「本気にしたか? さすがボッチ代表の思考はブッ飛んでる」


「お前が言うのかよ」




 その日の夜、ファノンが学院の教材に目を通しているとセリスが訪ねてきた。

 すでにお風呂を済ませているような時間帯というのもあり、花のようなヘアオイルの香りが部屋に広がる。



「わざわざ部屋まで話にくるなんて珍しいな」



 部屋に備えられているソファーに座ったセリスに、ファノンが声をかけた。



「ファノンさんから見て、セリナさんはどう見えますか?」


「あれは九〇くらいはあるんじゃないか? まぁでも気にするな。セリスも数年すればあんな感じになるんじゃないか?」


「誰も胸のことは訊いていません!」


「そうなのか?」



 ソファに座っていたセリスは顔を赤くして言うと、膝を抱えるようにして座り直した。




「模擬戦で私はなにもさせてもらえませんでした」


「べつに焦ることないんじゃないか?」


「私はガイアの魔力を宿した聖女候補です。期待に応えたいとも思います」


「なるほど。セリナの話だが、あれは例外だと思った方がいいだろうな」


「例外、ですか?」


「アイツがどれくらい強いのかはわからない。正直俺の魔法じゃ勝つ自信はないな」


「ファノンさんでもですか?」



 ファノンがあっさり言った内容に、セリスは目を大きくして訊き返す。



「セリスは少し俺を買い被り過ぎなんだよ。俺から見た感覚だと、下手したら俺より実戦経験あるかもしれないな。

 そんな学生は稀だ。間違いなくセリスは成長している。目標を持つのはいいが、目標しか見えなくなって自分を見失うようなことにはならないようにするんだな」


「――――そうですね」



 いくらかスッキリしたような表情をセリスが見せたので、ファノンが今度は訊ねた。



「聖女候補ってどうやってなるんだ?」


「あまりそういう話は出ないですもんね。魔力があることがわかると、聖都ではガイアの魔力との相性をパッチテストするのは知っていますか?」


「ああ」


「それで拒否反応がまったく出なければ、魔法協会が抽出したガイアの魔力を三段階に分けて体内に入れるんです」


「なるほど。それで二回目まで候補って言われているのか」


「はい。ただ、今まで三回目をした人はいませんけど」



 そうなのだ。むしろ二回目すらクリアできたのは、この研究が始まって数百年で一〇人もいない。

 それだけセリスに向けられる期待は大きく、その期待に応えたいと思うのも自然なことだった。

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