第9話 聖女候補の敗北

「ジャベリン!」


 始まりの合図と同時に、セリスが水と風属性の複合魔法である氷魔法を発現する。

 開始と同時に四〇はありそうな魔法がセリナを取り囲んだ。

 魔法は放たれて先手をセリスが取ったと言える状況だったが、セリナは顔色一つ変わらない。


「トルネード」


 セリナを中心にして、足元から竜巻が昇っていく。

 セリスの魔法は暴風のなかで粉々に砕かれ、一つとしてセリナに届くことはない。

 だがセリスはその間に回り込む動きを見せながら、遠隔でさらにセリナの正面から魔法を撃つ。


「ウォーター!」


 ウォーターはセリナを覆っていた竜巻が消えるタイミングで襲う。

 視界が広がる瞬間に正面からの魔法。それは強制的にセリナの意識を向けさせるものとなり、同時に側面から斬り込むセリスへのサポートにもなる。

 セリナが発現した魔法を利用して組み立てた戦術であり、これだけでもセリスが成長しているという証左でもあった。


「エアスラッシュ」


 セリナの視線がウォーターからセリスへと向けられると、風の斬撃が二つの方向に放たれる。



(魔法の発現スピードがかなり速いな……それに場馴れもしている)


 ファノンはセリナの対応を見て、戦闘というものを知っていると感じていた。

 実力通りにできるできないは別として、魔法の発現スピードは単なる技術でしかない。

 視界がさえぎられていた場面で、目の前に魔法が迫っていればどうしたって意識は集中し、とっさにそれをどうにかする動きになるものだ。

 だがセリナは、セリスの位置がどこなのかという状況把握を真っ先に行った。

 それをするだけの時間的余裕がセリナにとってはあったということなのだろうが、この行動は技術云々という類の話ではない。

 戦闘経験からくるものだと如実にょじつに表していた。


「ワールキャステル!」



 無数の斬撃に水弾は斬られて消失するが、セリスは氷壁を発現して防ぎながらさらに回り込みにいく。


「サイルジス」


 だがセリスがさらに距離を詰めることはできなかった。

 エアスラッシュを受けた氷壁の側面から、セリナの地属性である上級魔法のサイルジスが追撃していた。

 地面から硬度が高い巨大なとげが連なるようにセリスへと伸びていき、間にあった氷壁は砕かれてしまう。

 氷壁が死角になったこともあって、セリスはサイルジスへの反応が遅れてまともに弾かれてしまっていた。

 ダメージを衝撃に変換する訓練場でなければ、これで勝負はついていただろう。


「!?――――」


 セリスは弾かれながらも、鈍痛を堪えてセリナを視界から外さない。

 以前までのセリスであればこんな芸当はできなかっただろう。

 それが意外であったのか、逆に距離を詰めに行ったセリナの表情に驚いているような変化が出ていた。


「インパ――」


「――――」


 弾かれて地面を転がるのを自力で立て直し、セリスが牽制けんせいのためにインパクトを撃とうとしたところをセリナの蹴りが脇腹を捉える。

 そして次の瞬間、セリスの表情が固まっていた。

 蹴り飛ばされた先で顔を上げるとフレイムランスとジャベリンが同時展開され、その数は五〇を超えていたからだ。

 そしてこの時点でセレナが使えない魔法属性がないことも確定する。

 フレイムランスは炎と風。ジャベリンは水と風の複合魔法であり、土属性の魔法も直前に使っている。

 これは全属性の複合魔法、爆裂魔法であるエクスプロージョンも使える可能性を示唆していた。


「魔力が少しあるというだけで、この程度でしかなかったのか」


 セリナが一人呟いたのが聞こえ、セリスが訊ねた。


「私を嫌っているのではないかと感じてはいましたが、それは私が弱いからですか?」


「そう思うのなら、少しは抵抗してみよ。二度魔力を受けたとはいえ、そんな実力ではなにも守ることなど叶わず」


「っ――――!」


 待機状態にある魔法はそのままで、セリナが一気に間合いに入ってくる。

 セリスが詰めてきたと認識したときには、すでにあと一歩でお互いの間合いに入る距離。

 展開されている魔法の数から、魔力コントロールは数段セリナの方が上だ。

 それは魔力による身体強化でも同じで、明らかにセリスとはレベルが違う。

 とっさにセリスは横ぎに払ってくるセリナの剣を受けに行く。

 受けた剣はセリナが格上であることを理解させられるほどに重い衝撃。

 なんとか直撃は免れるが、その衝撃に体勢は崩されてしまう。


 パァン!!


 セリナの剣を受けたと思ったときには、セリスの顔を衝撃が襲っていた。

 状況が一瞬理解できなかったのか、驚きの色をセリスの目が宿す。

 セリナのインパクトの魔法が直撃したかと思うと、待機状態にあった他の魔法も順に放たれていく。


「っ――――ジャベリン!」


 身体が流れたところから強引に剣を払って、セリスは牽制けんせいすると同時に魔法を展開した。

 セリスに向かってくるのは、待機状態にあった一/三ほどの魔法。

 これらを相殺するために、限界までジャベリンを同時発動する。

 そして距離が開いたセリナに対し、今度はセリスの方から詰めに行く。

 これは攻撃と回避を同時に行うという選択。

 迫るセリナの魔法をすべて魔法で受け切れる可能性はほぼないため、セリスは自分から仕掛けに行くことで回避も行うという選択だった。


 訓練場は今までの観戦とは違い異様に静かで、魔法や剣戟の音が響き渡る。

 明らかにさっきまでの模擬戦とはレベルが違う攻防に、ふざけるような会話など一切出ていない。

 相手がセリナということもあって、セリスは身体強化全開で迫る。

 きっと誰もが聖女候補であるセリスの魔力に、セリナが押されると思っていただろう。

 近接戦闘で剣を打ち合うということは、総合的なパワー比べになる。

 スピードは打ち合う際のパワーに乗り、それらは身体強化の魔力で変わる。

 ことこの部分に関しては、戦術云々という話ではないからだ。


「――――」


「っ――――」


 そんなセリスにセリナは振り払うように剣を合わせる。

 それは軽く振るわれただけの剣だったが、セリスは剣が合った瞬間思いっきり弾き飛ばされていた。

 弾き飛ばされ地面を転がるセリスに、容赦なく待機されていた魔法が次々に撃ち込まれる。

 セリスが顔を上げた瞬間に迫ってきていた魔法を水弾で相殺するが、そのあとが続かない。

 一〇の魔法がセリスを打ち付ける。訓練場では斬撃や魔法などの現象は衝撃に変換されるとはいえ、それは殴られているようなものでありボロボロになってしまう。


 そしてこのあと、模擬戦はセリナの一方的な展開になった。

 魔法に気を取られればセリナの剣に弾かれ、セリナに意識を持っていかれれば魔法が容赦なくセリスに迫った。

 結果は目に見えて圧倒的で、勝負をつけないセリナに勝負を捨てずに何度も立ち上がるセリス。

 この構図の先にあったのは、見方によってはセリナがセリスをいたぶっているような構図だ。

 そう見えづらかったのはセリナが楽しんでいるような素振りはなく、表情はいつもと同じで冷めたものだったからだろう。

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