第8話 伏兵地味ー

 午後の講義は一対一の模擬戦が行われているが、これは後日実施される野外討伐訓練の班編成のためのものだ。


 ガイアでは二種類の魔物が出現していて、一つは生物としての魔物だ。

 このタイプは討伐の証明として、討伐部位に指定されている耳を持ち帰ることでギルドで換金ができる。

 もう一つのタイプは、生物としての区分にはなっていない。

 ガイアには魔力が流れているが、魔物はこの魔力から生まれている。

 ガイアの魔力の流れは暗い場所に多く流れているため、森などは魔物の発生率が高い。

 そのなかでも生物の区分ではない魔物はランクが高い傾向にあった。


 通常の魔物とは違い、魔石を核として魔力で具現化している。

 剣で斬ったとしても生物のように斬った感触などはなく、何度か再生してしまう。

 魔力による身体強化もしてくるのが特徴だが、一般的な魔物と比べると出現率は低い。

 出現の時間帯は夜間になってからがほとんどというのもあり、昼間に遭遇することは稀だ。

 今度の野外討伐訓練は体験的な意味合いが強く、魔物の出現率は低い場所となっていた。


 ファノンの番になり、三メートルほど高い場所にある観戦席から訓練場へと降りていく。

 当然他の学生の視線は集中するが、いつも他の学生をほとんど気にしないセリナの視線がファノンを捉えていた。



(……セリナは前も怪しんでいる節があったな)



 ファノンの相手は通称ジミー。二つ名のようではあるが、一際地味なことからのニックネームだ。

 若干小柄で髪型はイガグリのような感じ。いつもは静かにしているからジミーなのだが、女子のスカートの長さにこだわりがあるらしく、以前スカート丈とソックスの関係みたいなことを興奮気味に早口で力説していた。


 講師が合図を出すが、どちらも相手から視線を離さず動かない。

 いや、動けない。なんていうことはない。

 まだ学院に入って間もない学生同士で、高いレベルで拮抗きっこうなんてことはまずないからだ。


「ウォーター」


 ファノンが左手を向けて魔法を撃つ。それをジミーは横に移動しながら回避し、ファノンの側面に回り込もうとする。

 少しポッチャリした身体のラインのため、動き以上に一生懸命動いているように感じる。

 それを真正面からさらに水弾をファノンが放つ。


「フ、フ、フレイム、バースト!」


 模擬戦を観戦している周囲から、ざわざわと驚いているような声がファノンたちを包む。

 フレイムバーストは火属性と風属性の複合である豪炎魔法。

 魔法の発動は複数になれば魔力コントロールの難易度は上がる。

 違う種類の魔法になればなおさらだ。複合魔法は属性事態が異なる魔法を一つの魔法として発現するもの。

 当然難易度は上がるため、属性の適性があったとしても使えるとは限らない。

 だが複合魔法の威力は同じ初級魔法だとしても高い。

 それをジミーが行使した事実に学生たちが驚かされていた。

 ファノンのウォーターを、まさに炸裂したと言ってもいい豪炎が消し飛ばす。


(地味ー、そんなの聞いてねぇよ)


 ファノンは後ろに下がるが、勢いづいたジミーが距離を詰め二人の剣が交差する。

 だがファノンは一瞬苦悶の表情になり、ジミーに弾き飛ばされていた。

 剣を合わせるのなら、それは相手に押されないように身体強化などのパワー比べとなる。

 弾き飛ばされるというのは、身体強化でパワー負けしているということであった。


(想定外が多過ぎるだろ……)

「な、なぁ地味ー? 風呂はちゃんと入ってるんだよな?」



 ファノンの突然の質問に、ジミーは不思議そうな顔を浮かべる。

 突然質問を投げかけられたというのもあったのだろうが、その内容も想定外だったのだろう。



「……き、昨日、一昨日は、え、絵を描いていて、は、入れてない」


 ジミーの答えを聞いたファノンの瞳が、まるで戦意喪失したかのように驚愕の色から変わっていた。


(これが運命の悪戯ってやつなのか? なにもそんなタイミングで模擬戦とか、俺が相手じゃなくたっていいだろ……。

 制服も生乾きの臭いがしてるし。運命の女神は地味ーについてるってことか)

「今日の俺の運は世界一最低だな……」



 その後模擬戦は一方的な展開となる。魔法属性の相性はファノンに分があった。

 だが不利な属性である炎でファノンの魔法を蒸発させてしまった豪炎魔法。

 魔法では決め手に欠けるため、そうなると近接戦闘ということになる。

 だがこれをファノンは徹底して避け、模擬戦で消極的を通り越して逃げ回ったのだ。

 結果ファノンの判定負けとなり、勝負がついたときには逃げるようにファノンは観客席に上がった。


 そして最後の模擬戦は、主席のセリナと次席であるセリスという組み合わせ。

 この組み合わせは当然他より注目されていたが、それはファノンにしても同じであった。

 セリナが他の学生より格上なのは明らかであったが、その実力がどれくらいなのかはファノンにもわかっていない。



(学院のなかで相手になるヤツがいるか? というよりも、そこらの一般的な騎士で相手になるかってところか?)



 だが相手は聖女候補であるセリス。実力という面ではまだまだなのは確かだが、襲撃のこともあってファノンと訓練してきている。

 加えて生死をかけた場面を経験しているというのは大きな違いだろう。

 ガイアの魔力を宿して聖女候補となったセリスの魔力は強大であり、魔力の強さでセリスが押し切ることも展開としてはあり得ないことではなかった。

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