第7話 恋の先はセミ

 学院生活も一ヶ月経てばそれなりに立ち位置的なものは固まってくる。

 魔法騎士科ではダントツでセリナ・アーフェが主席の座に君臨し、その後ろを聖女候補であるセリスとエルザ・ホルステン、男子学生のパウロ・ニールがついているというかんじになっていた。

 そんなパウロに、ファノンは学院に行くと絡まれて廊下につれだされていた。



「キサマは護衛をしているそうだな?」



 パッツンと切り揃えられたキノコヘアの前髪の隙間から、パウロがジッとファノンを見てくる。



「まぁそうだな」



 護衛をする上で一緒にいることは多くなるため、護衛については隠すようなことはしていない。

 だがパウロがこんなことをなぜ確認してくるのか、がファノンにはいまいちわからなかった。



「キサマのような落ちこぼれは、僕のような優秀な人間の助けになりたいだろう?」


「なんでだよ」


「そりゃ僕が名家の貴族で、すごい人間だからだ」


「へぇ~、それで?」


「この一ヶ月、僕の瞳はある女性に囚われてしまっている」


「…………」


「彼女が視界に入るだけでなにも見えなくなってしまう」


「なにも見えないなんて病気だから、パナケイア教団で治癒魔法を受けろ」


「そんなわけあるかぁ! ちゃんと見えてる!」


「どっちだよ……」


「あの清らかな金色の髪。天界にも届きそうなうるわしい声。何者をも魅了してしまう澄んだ金色の瞳。

 彼女の名前が呼ばれるだけで胸が高鳴り、僕は僕でなくなってしまう」


「誰になってるんだ?」


「僕以外あるわけないだろ!」


「さっきから彼女彼女って、誰の話をしてるんだ?」


「そ、それはだな……」



 みるみるパウロは顔を赤面させ、うかがうような視線をチラチラとファノンに向けてきた。



「おい、俺は女じゃないぞ」


「キサマの髪は金色じゃないだろぉ!」


「確かにそうだな。だから誰なんだよ?」


「セ、セ、セセ――」


「セミ?」


「そう。彼女の名前はセミ――いい加減にしろ!」


「で?」


「セ、セ……ス…………ダメだ。彼女の名前すら僕の口は紡ぐことが叶わない」



 明らかにパウロはセリスに好意を抱いているようで、ファノンはその様子を面白いと感じてはいたが、同時に相手をするのも面倒になってきていた。

 だがファノンは、この二つの問題を同時に解決できる案を思いつく。



「セリス、ちょっといいか?」


「――――っ!!」



 パウロの目が限界まで大きくなって顔が引きつる。視線はファノンから微動だにせず、なにか訴えているようにも見えた。



「なんですか?」


「なんかコイツが話したいことがあるみたいだ」



 パウロが言う金の澄んだ瞳が見上げる。



「なんでしょうか?」



 きっと麗しい声色で投げかけたセリスの言葉は、天上の神にも届いているだろう。



「――え――――あ……」


「?」



 疑わしい視線をセリスはファノンに向けると、パウロの代わりにファノンが口を開いた。



「すまん。今コイツは失明していて、パウロじゃなくなってるんだ」



 第三者からすれば、今ファノンが言った説明を理解できる者はいないだろう。

 当然セリスも理解できていないようで、ムスッとした顔になった。



「もう! ファノンさんはいつもふざけ過ぎですよ? パウロさんも困っているみたいですし、私は戻ります」



 ファノンの思いつきはうまくいかなかったようだ。

 そして午前の講義を終えて昼休み――。



「なんでお前と二人でメシを食ってるんだ?」


「お前は僕を助けたいのだろう? 今のままでは話すら満足にできない」


「なんで俺なんだよ。他のヤツに頼めよ」


「なんの因果かわからないが、キサマは彼女の護衛をしているだろう。しゃくだが魔法騎士科では一番身近な存在ということになる。

 普通ならあり得ないことだが、キサマも僕に借りを作るチャンスだぞ」


(回収できる未来がなさそうな気がするけどな)

「とにかく話せるようにしたいってことだな?」


「そうだな。キサマにできるかは疑わしいが、わらにもすがるというやつだ」


(セリスは話しやすい方だと思うが、それでもあんなに緊張するんだからなぁ……)



 ファノンが少し離れたところで女子と食事しているセリスに視線を向けると、それに気づいたセリスが怪しむような視線を向けてきた。

 いつもはセリスがいるところで食事を取っているというのもあるし、パウロと二人というのも珍しい光景。

 朝のこともあって、セリスが怪しんでもしょうがないだろう。

 そんなファノンの視界に、厨房ちゅうぼうから食事を受け取ったセリナがいた。



「ちょっといいか?」



 ファノンに声をかけられ、表情一つ変えないセリナが寄ってくる。



「なんだ?」


「いつも一人だろ? よかったら一緒に食べないか?」


「なぜ?」


「コイツ女と話すのが苦手みたいだから、少し手伝ってほしいんだ。同じ科の仲間が困っているってことで、練習台になってくれ」



 ファノンが言うと、セリナは黙って同じテーブルについた。

 異様な三人のテーブルというのもあり、周囲の視線が集まる。

 セリナは近寄りがたい雰囲気もあっていつも一人行動であったが、男女問わず注目度はかなり高い。

 実力と雰囲気から女子にも人気があるみたいだが、男子からもかなりの人気がある。

 学生らしからぬ発育と雰囲気は、お姉さまというような雰囲気だ。

 髪色や雰囲気などは違うが、なんとなくセリスと似ているところもあるのでパウロの練習には悪くないだろう。



「先日襲撃されたそうだな?」


「ん? そうだな。その辺のチンピラみたいなので命拾いした」


「それは僕も聞いたが、彼女にケガなどさせてないだろうな?」



 横目でチラチラとパウロがセリナを見るが、彼女は気にした素振りもなく食事を進めている。



「あそこでなんの問題もなく談笑しているんだから大丈夫だろ」


「そ、そうだな。彼女が無事でよかった」


「コヤツが言っているのはセリスのことだな?」


「なっ!」


「そうだな」


「玉砕するとは思うが、思い切って想いを打ち明けてみてはどうだ?」



 いつも表情が変わらないセリナだが、こういう話は嫌いというわけでもないのだろうか。

 笑顔とは言えないが、若干楽しんでいるのが表情に出ていた。



「もしかしたらソナタと腕を組んで歩く未来があるやもしれぬぞ?」


「彼女と僕が――――」



 セリナの言葉にパウロの口元が緩む。だらしなく半開きになった口からは、さっき放り込んだ野菜が半分出てきていた。



「それを俺は護衛するのか? 気持ち悪いな」


「試しに私に向かってセリスと呼んでみよ」


「なっ!、なんでそんなことを」


「ちょうどいいな。練習させてもらえよ。普通に話せるようになりたいんだろ? セリナの声も天界に届きそうな感じだしな」


「お前はなにを言っている? 頭がおかしくなったか?」



 ファノンが口にした言葉で、セリスがさげすむような、心配しているような目を向けてくる。

 ファノンからすれば、セリナはセリスと容姿が似ているようなところがある。

 髪色は全然違うのだが、姉妹だと言われても納得するくらいだ。

 声なんか聴き分けることなど不可能なほどで、それをファノンは表現していたのだが――。



「これはパロと俺だけにわかる暗号だ」


「僕の名前はパウロだっ!」


「いいから呼べよ」



 パウロがセリナを見ると、セリナの瞳がパウロをまっすぐに見返していた。



「――セ……セ、セリ……セ…………セリ、セリ」


「「…………」」


「セ、セ」



 目を大きく見開いて名前を呼ぼうとするパウロ。明らかに緊張していて顔が強張っていた。



「コヤツには難題であったみたいだな」



 結局パウロはセリスではないセリナを前にしても、セリスと口にすることはできなかった。

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