第6話 闇ギルド

 騎士団で事情聴取を終え、建物を出たところでファノンはセリスに訊ねた。



「セリスを屋敷に送ったら、少し外してもいいか?」


「ダメです。どうしてですか?」



 食事はすでに終えているのもあり、時間的に考えてファノンが出歩くような用事はない。

 どうでもいいことならば、わざわざセリスを送り届けて出かけるのも考えづらい。

 それがセリスにもわかっていたのか、明らかになにかを怪しんでいる瞳を向けていた。



「ちょっと気になることがあったから、情報がないか確かめに行くだけだ」


「さっきのことと関係あるんですね?」


「まぁそうだな」


「ならば一緒に行きます。私にも関係していることですし」


「……セリスが行くような場所じゃない」


「なら諦めてください。ファノンさんの仕事は私の護衛なんですから当然ですよね?」


「……わかった。だが余計なことは喋るなよ?」



 そんなファノンが足を向けたのは、治安があまりよくないと言われている南西地区であった。

 昔は西地区がスラム化していたようだが、魔神の襲撃で西地区は壊滅。

 その後復興したわけだが、スラムにいたような人間がいなくなるわけではない。

 それが今の南西地区であった。


 さっきのシュプリームがあった通りとは活気や雰囲気が違う。

 魔石の灯りは他の地区と同じようにあるにはあるが、十分な明るさとは言えないだろう。

 立ち話しているのはバカみたいに大きな声で話しているか、周りに聞こえないように話しているか。



「もしかしてお貴族様じゃねぇのか? お貴族様がこんなところに来るなんて珍しい。俺たちが案内してやるぜ?」



 バカみたいに我がもの顔で騒いでいたグループがファノンたちに寄ってきた。

 男はあまり手入れはされてなさそうな剣を腰にげ、女はやけに露出が多い服装をしている。

 セリスはこのような連中と話したこともなかったので、無意識に魔力を練り始めていた。



「面倒くさいから絡むなよ」



 ファノンが慣れたように言うが、それが気に入らないのか肩に腕を回してくる。



「女の前だからってイキるなよ」



 低く抑えた声でファノンに忠告してきた男は、言い終わると同時に地面にキスをしていた。



「うるせぇよ」



 男はファノンが発現した水弾で這いつくばっていた。



「青髪でいきなり水魔法って、青の魔導士なんじゃないの?」


「変な名前勝手につけて呼ぶなよ。ところでウィック見たか?」


「あ、ああ。いつものところで飲んでたよ」



 問いに女が答え、ファノンはなにもなかったかのように歩きだす。



「あの、青の魔導士って呼ばれているんですか?」


「ここに来たばっかりの頃に絡まれて、今みたいにやったらゾロゾロ出てきたんだよ。

 面倒だから青の世界で追ってきたヤツをまとめて倒したらそうなった」



 ファノンが向かった建物は、パッと見ではお店には見えない。

 だが南西地区の建物はどれもそんな感じであり、初めて訪れた者ならお店があるなんて思えないだろう。

 ファノンは階段を登り、いくつかある部屋の一室へと入る。

 薄暗い部屋にはテーブル席がいくつかとバーカウンターがあり、ファノンはバーカウンターの端でグラスを傾けている男に声をかけた。



「ウィック、訊きたいことがある」



 ウィックと呼ばれた男が顔を向け、ファノンとセリスへと視線を向けた。



「聖女の護衛になったって噂はマジだったみたいだな。向こうにするぜ」



 ウィックが端にあるテーブル席のソファーへ座ると、抑えた声でファノンが口を開いた。 



「セリスが襲撃されたのは知ってるんだろ?」


「そりゃあな」


「なにか情報があるなら聞かせろ」


「確かな情報じゃないものならあるにはある。八万だな」


「八万!?」



 声を抑えてはいたが、セリスが目を大きくして言っていた。

 護衛の相場からもわかるが、不確かな情報で八万というのは確かに高いだろう。

 情報屋など使ったことがないだろうセリスがそう感じるのは尚更なのだろうが、ウィックは表情一つ変えずに口にする。



「当たり前だろ。情報ってのは正確さもあるが、誰の情報なのかで大きく変わる。

 そんで今回は聖女に最も近いと呼ばれているセリス・ハーヴェストに関すること。

 一〇万リルでもいいくらいだと思うぜ?」


「セリスを狙う理由はわかるか?」


「そこまではわからねぇな。だが裏は取れていないが、ネビュラの名前を聞いたな。

 青の魔導士が来たってことは、これは確かだったみたいだな」



 さっきの襲撃者の腕には星のマークに蛇が絡みついているタトゥーがあり、ファノンはこのマークが闇ギルドのネビュラであることを知っていた。

 だがセリスをネビュラが狙っているのかは判断がつかなかったのだ。


 ネビュラとは組織だと言われており、単なる集まりなどではない。

 とはいえ、偶然個人的に参加した者がいた可能性も考えられる。

 むしろその方がファノンとしてはしっくりきたのもあり、こうしてわざわざネビュラの名前が情報屋から出てくるか確かめに来たのだ。



(これ以上情報はないだろうな。むしろこっちの情報を吸い上げられるだけになるな)



 ファノンはウィックが口にした八万リルを手渡し、これで終わりだと言うように席を立った。

 セリスもファノンにならって立ち上がると、ウィックが話しかけてくる。



「これはサービスだ。最近魔物の出現が増えているって噂があるぜ。王立学院なら知っていて損はねぇだろ?」


「あぁ。だが確かなのか?」


「俺はギルドに登録もしてないただの情報屋だ。討伐に行ったりはしないから確認のしようがねぇな。

 だが今まで見かけなかったような場所で魔物が現れているっていうのは、あっちこっちで耳にしてる」


「わかった。気に留めておく」



 用事が済んだファノンは、いつもと変わらない感じで屋敷へと帰る。

 だがセリスは浮かない表情を浮かべていた。



「あまり気にし過ぎるなよ? さっきも言ったろ? 必要以上に意識はしない方がいい」


「ですが――」


「いいか? 情報はなにかを判断するときに大事なものだが、それ以外で左右されるな」


「どういう意味ですか?」


「例えば襲撃にネビュラが関係あるにしろないにしろ、それでやることは変わるか?

 相手が誰であっても、こっちのやることは現状では変わらない」


「なるほど。ですが私が考えていたのは少し違います」


「なにか他にあるのか?」



 ファノンが訊くと、セリスは真面目な顔を向けてきた。



「ファノンさんはどうして学院で手を抜いているんですか?」


「――ちゃんと講義も受けてるし、訓練だってサボらずついていけてると思うけどな」



 ファノンはそんなことか、というような感じで止めていた足を進めた。

 だが納得がいかないのか、セリスは横から見上げて続く言葉を投げかける。



「先ほど使っていた魔法もそうですが、あれほどの魔法を使えるのに学院では隠していますよね?

 魔法以外も同じです。どうして評価を下げるようなことをするんですか?」


「なら訊くが、セリスが学院で努力する理由はなんだ?」


「聖女候補であるということは別にしても、魔法騎士として戦えるだけのものをできる限り得るためです。

 そのために私は努力を惜しまないつもりでいます」


「セリスの目的を考えればそうなんだろうな。これは他の学生もそうなんだろうが俺は違う。

 俺の目的は学ぶことではなくセリスの護衛だ。

 いざというときに疲弊している状態なんてことになれば本末転倒だろ?

 もちろん無理のない範囲はんいで得られるものは得るし、学院生活も楽しませてもらってる。

 だからあまり期待はするなよ? 今くらいが楽でいいんだ」


「ファノンさん! もしかして疲れるようなことをしたくないだけじゃないですよね?」


「なに言ってる。俺はいつだって誠実な人間だぞ?」

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