第5話 襲撃者
夕方というには少し遅い時間。日もほとんど落ちた時間に、ファノンとセリスは町のなかを歩く。
「気を張り過ぎだ。そんなんじゃすぐに疲れてまともに動けなくなるぞ?」
「そんなことを言われても……」
ファノンはその場で止まって、世間話のような口調でレクチャーをする。
「魔物の討伐とかでもそうだが、ずっと警戒態勢で気を張るなんて人間はできない。
イメージとしてはザッと視線を流すくらいで、軽い人間観察でもするような感じだ。
間違い探しや、犯人を探せってわけじゃないんだからな」
「似たようなものじゃないんですか?」
「あのなぁ~。仮に怪しいと思ったヤツがいたとして、ソイツが襲撃者かどうかわからないだろ?
なにもしてないヤツを、セリスが怪しいって思ったってだけで締め上げるのか?」
「…………」
「わかったらもう少し気楽にしてろ」
ムスッとした顔をしてから、一度セリスは大きく息を吐いた。
「はぁ~……それで、なにか食べたいものでもあるんですか?」
「そうだな。せっかくだし行ってみたい店はある」
「まだ聖都に来て二ヶ月くらいなんですよね? そんなお店があるんですか?」
「ああ、名物っていうのか? シュプリームの料理を食べておきたい」
「なるほど。それはそうかもしれないですね」
ファノンが言うシュプリームは庶民的な料理屋だが、その名前は常に名のある高級レストランと並ぶお店だ。
むしろ庶民的というのもあり、高級レストランよりも認知度は高いと言える。
これは過去にリリスと呼ばれた邪神を滅ぼした神騎たちに寄るところが大きい。
神騎たちがシュプリームを気に入っていたのと、パーティーの一人だったとされる騎士がシュプリームの親類だったからだ。
「おぉ! すげぇな」
まだ開店して間もないはずだったが、シュプリームにはすでに行列ができ始めている。
客層は広いようで家族できている人たちもいれば、ギルドで狩りをしているだろう人や貴族だと思われる人もいた。
「ファノンさん、お金はちゃんと持ってきているんですよね?」
「持ってきていないが?」
真剣にメニュー表に視線を走らせていたファノンが答える。
「この鹿肉のジビエを頼むぞ」
「お金も持ってきていないのに、時価の料理を頼むつもりですか?」
「この店の名物なんだろ?」
「ええ……」
「他国の友人が訪ねてきたとしよう。伝説の神騎や聖女が愛した料理を食べてもらいたいとは思わないか?」
「…………」
セリスは諦めた表情を浮かべてウェイターに料理を頼んでいく。
鹿のジビエの他に、サラダやブラウンシチューにパンが並んだ。
「なるほど。しっかり下処理されてはいるみたいだが、肉の味がしっかりしているな。
まるで野営に料理人をつれて行ったみたいな感じだな」
「あまり他では聞かないような感想ですが、なんとなく想像はつきますね」
食事を終えたあとは少し長めに休憩を入れ、ファノンとセリスはシュプリームを出た。
完全に日は落ちていて、魔石の街灯や
帰りはシュプリームに来たときとは違い、少し外れた通りを二人が進む。
「「…………」」
「聖女を渡してもらおう」
後ろから声をかけられると、前方も同時に塞がれた。
(――六人か。聖女候補ってことで莫大な身代金か、明確な他の目的があるのか?)
「ちょっと前から探ってたのはお前たちだな。なんでセリスに固執する? 諦めてくれると護衛をしている俺は助かるんだけどな」
ファノンが軽口を開くと、答える気はないのか杖や剣を相手が抜く。
同時にファノンとセリスは、打ち合わせ通り脇道へと入った。
(明らかに魔導士タイプをつれてきている。俺への対策っていうところなんだろうな)
わざわざファノンのことを考慮してメンバー編成をしていることから見て、セリスを襲うのは明確な意図がありそうだとファノンは感じていた。
「ジャベリン!」
「ケガくらいならしかたないって感じかよ」
前だけを向いて駆けるセリスがファノンの前を行く。ファノンは背後から放たれたジャベリンに視線を向け、左手を撫でるように横に滑らせた。
同時に現れる水の障壁。だが氷属性の魔法に対して相性がいいとは言えない。
炎属性であれば消え去っていてもおかしくはなかったのだが。
(前回で俺の属性も把握済みってことか)
ファノンは多めに魔力を消費し、水の障壁を強化する。障壁は攻撃魔法かのような圧縮された激流の壁となり、一直線に向かってくる
障壁によって減衰したジャベリンが、ファノンたちの背後で消失、または地面で砕ける。
障壁はさらに襲撃者に対しての障害にもなり、襲撃者たちは障壁を回り込むことになって距離を取ることに成功。
「――青の世界」
何度か曲がったところでセリスが剣を抜いて止まり、ファノンが魔法を展開する。
セリスが立ち止まった場所は十字路であり、相手がどういう方向から詰めてきても容易に移動が可能な場所。
加えてファノンには相手の位置が感知できるので、不意打ちをされる可能性もなかった。
「――――キィワスギア」
ファノンが鋭い視線を走らせ、両手をそれぞれ別方向に向けて魔法を放つ。
まだ襲撃者の姿は視界に入ってなく、口にされた魔法も現れない。
だが魔法は確かに放たれていたようで、ほぼ同じようなタイミングで負傷した相手の声が周囲に響いた。
それを見ていたセリスが驚いたような目をファノンに向ける。
感知できるとはいえ、視界に入っていない場所での遠隔魔法。
加えて相手は動いているなかでのことであり、こんなことができる者などそうはいない。
控えめに言っても、この場をファノンがコントロールしていると言ってもいい状況であった。
「追うぞ」
「え?」
ファノンは口にすると同時に動いていた。明らかに立ち回りが変わり、その状況をファノンが説明する。
「さっきので四人やったが、残りの二人が逃亡に切り替えた」
「――――」
「マズイな。もう少し近づけさせるべきだったか」
ファノンがチラッとセリスを見る。襲撃者とはある程度距離があったのもあり、逃亡に切り替えられるとそれが
セリスもこの一ヶ月の訓練でそれなりに動けてはいる。
だが相手との距離を縮められるほどではないため、このままでは逃げ切られる可能性が高かった。
「逃げられるよりかマシか……ウォーター」
襲撃者の背中が視界に入ったところで、ファノンが魔法を発現した。
逃げる相手の前方に魔法による水弾が現れるが、その数が学院や前回の襲撃のときとは段違いの数。
逃げられるのを防ぐためなのだろうが、パッと見で一〇〇近くの水弾が壁となって撃ち抜く。
相手は何十と撃ち抜かれるため、悲鳴など上げることもできずに倒れた。
「――死んでしまったんですか?」
「そうだな」
できれば一人は生かしておきたいとファノンは考えていたのだが、確認したときには二人とも息はなかった。
「……仕方、ないですよね」
「――セリス、本当に狙われた心当たりはないのか?」
「はい。前回もお話しましたが、聖女候補っていうこと意外にはなにも」
「…………」
セリスの答えを聞いて、もう一度ファノンは視線を落とす。
ファノンの前で倒れている遺体には、腕にタトゥーが見えていた。
そしてそんな二人に遠目の上空から視線を送っている者がいる。
「青の世界まで行使できるか……。あれほどの使い手であれば目に入らないわけはない。
なぜお前のようなものがいる? それにネビュラまで……」
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