辺境の地でも何とかなりましてよ?

 ガタゴトと馬車が揺れます。

乗り心地?最悪ですよ。ええ、本当に。

周囲は見れません。窓と呼ばれるそれに布がかかっているのですから。

景色は見えないとは最悪です。

暇なので適当に持ってきた手荷物から本でも取り出しましょう。

暇だし。

適当に引っ張ってきた本は、まあ一言で言うなれば、王都で、いえ世界的に流行りの本です。

現実で不満や不憫な方が転生なり転移して、大活躍する物語。

そして周囲はなんと!

その方をたたえて下さる上に好いてくださる……そんな感じのお話です。

ナーロッパ大陸が発祥らしいので私たちはこれを『ナロー系』と呼んでいます。

別の国でも流行って行って、別名『カク・ヨム』とも呼ばれているそうですよ。

何故か知りませんが。名前は地域によって変わるみたいです。

辺境の地で愛しい殿方でも会えるものならうれしいものです。

だって「ざまぁ」出来るじゃないですか。

物語の中の話に限ってですけどね。

一回くらいしてみたいものですよ。

胸がすくと言うか、最近はそのような本が多いです。

きっと皆さん、現状に対してあまり期待が出来ないのかもしれません。

え?何で知っているのかって?

私だって年頃の乙女。

お堅い本も良いですが、たまには砕けた本でも読みたくなるのです。

そういう本は良いですよ。

一時的ですけど現実から逃げられます。


「降りろ」


 馬車が止まりました。

兵士に言われて降ります。

周囲は木。木。木。

森です。

目の前には誰が住んでいるのか分からないくらいそこそこボロボロな屋敷。

てっきり小さな家かと思いました。

まあ寛大なこと。

なんてことを思っていると、馬車が去ります。


「家具が野ざらしですね……これでは人を呼ばないといけませんね」

「だね、シャル」


 さて、どうするか。

いきなりです。

え?私がシャルロットの事をシャルと呼ぶのは何故?

私たちは外の時と普段の時と使い分けているのです。

使用人と仲が良いのはあまりよくないと言う風潮ですので。


話を変えましょう。


 人が居ない。探そうにも魔物が居ると面倒です。

この世界はちゃんと魔物が居ます。

凶悪です。時折王都にも来ます。

頼もしい騎士団が何とかしてくれますけどね。

か弱い剣も持てない私じゃあっという間に死にますね。

最悪、シャルだけでも逃すとしましょう。

彼女は悪くないですし。



「アンネ様、人を呼びます。ご一緒に」

「だね、ってあそこ人いない?」


 目ざとい私は人影を見つけました。

第一村人発見!

その影は段々と私たちに近づいてきました。

シャルは拳を構えます。

彼女は最強の格闘家なのです。

武術はメイドの嗜みだそうですよ?

やがて、それが近づいてきます。

背は私よりも高い。

そして女性。

服装は男性が着ているような恰好。

しかし女性らしさはあまり隠しきれていない。

それ以外は普通と言ったところだ。

きっと、不在か忙しい領主の代わりだろう。

ただし剣を腰に携えていることを除けば。

私は少し身構える。



「シャル、この人知ってる?」

「ええ、この方は」

「あなたが噂の姫様?」


 フランク!

初対面でこれとはまあ、面白い方。

早速握手しようとしてくる。


「まず、お名前をお聞きしても良いかしら」

「私はマドレーヌ・オルレアン。このオルレアン領の現当主さ」


 わお、イケメン。

下手な男性より良いのでは?

って少し待って。

私の記憶では領主と言えば男性のはずだ。



「現当主?本当なの?シャル」

「間違いなく。先の戦争でジョセフ・オルレアン様は戦死されています」



 ああ、ジョセフ様。

私の事を優しくしてくださった方。

あなた様のおかげで軍事学や戦術などを教えてくださいましたね。

いつかチェスのお相手をする約束をした仲。



「ごめんなさい。あなたに辛い事を」

「気にすんな。じゃないとやっていけない。馬車にで乗って少し話そう」


 向こうに見えるは馬車です。

護送車じゃないですよね?

そう思い、馬車に乗りこむ。

しばらく揺られていると、そこは戦争の様な跡が至る所に見られた。

家が燃えた跡や畑が踏み荒らされた跡。

なんとひどい事か。



「この景色、姫様はどう思う?」

「そう呼ばないでください。私はアンネと言う名がありましてよ?」

「そうか。なら、アンネはどう思う?」



 私は思ったことを言う。



「ひどい、としか言えません。しかし何故このような事に?」

「魔物の被害もあるが、一番は戦争だな。連合王国の戦争に巻き込まれたんだ」

「確か、百年近くしていると言うものでしたね」

「ああ。それでこのザマだ」



 まさか連合王国との戦争に巻き込まれていたとは……。

悪い話よりもいい話が多く聞いてたけど、目の当たりにすると嫌なものだ。



「そうなると、ここは免税か減税されているはずよね?申請はした?」

「弾かれたよ」

「え?」

「弾かれたのさ。不備が無いようにちゃんとしたんだけどよ」



 マドレーヌの話が事実なら、それは違う。

以前、父は魔物による甚大な被害を受けた場合や戦地となったもしくは同等の地には免税か減税をする法を通した。

確か20年前以上くらい前だ。

だが、それがない?どういうことだろう。



「このような状況なら通るはずよ!見た目そのままじゃない!」

「ダメだったんだ!良いか!んだよ!」

「消えた……?」



 民の為、ひいては国の為の法。

民が飢えては国も飢えて滅びる。

そのための免税であり、減税なのだ。



「シャル、どういう事?」

「アンネ様……これもの仕業かと」


 噓でしょ。

そこまで私の事を邪魔するのか。



「民が居てこその国よ。ないがしろにしすぎよ」



 彼女の館に行くまで多くの景色を見た。

負傷しただろう元兵士。

家がなく、端で物乞いをする老人。

着るものも無いのか、ボロ着同然の服を着る子供。



「アイツらはこれを見てないの……?」

「さあな。ほら、着いたよ」


 彼女の館は私たちの住むだろう館よりも、ボロボロだった。



――ナロウ歴1785年 3月初旬

アンネ・ビジソワーズは従者であるシャルロット・テレーズと共に、オルレアンの地にて、マドレーヌ・オルレアン―後の『平等公 マドレーヌ』と出会う。

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