ナロウ歴1785年

証拠と婚約破棄、そして追放

 証拠は揃った。証人も用意しましたし、後は突きつけるだけです。

愛人はいくらいても良いですが、彼女は怪しすぎます。

ええ。出会った時から。『これ、何か持っているな?』と。

なんて興味本位で調べたら沢山出てきました。

最初は適当に弱みでも握れてたらと考えていました。

ですが、調べたらなんとまあ!

出自はほぼ嘘、さらには危ない人たちや隣国とのつながり。

結論、『この女、危険』。



 出会った当初は気にもかけていませんでした。

貴族の三女ですし、私が優位なのは変わりないと。

けれど、そこから殿下は変わった。変わってしまった。

私とのお茶会も「マリーが」「けどマリーはね」と言うように。

それを聞かされた私の身にもなってみてください。

心の中で顔が歪みましたよ。

話題変えても興味なさげでしたね。

私が「たまには領地を見に行きましょう」なんて誘っても、あなたは「マリーが」と断っていましたね。

お金使いも荒くなりましたね。

それどこから湧くか知っています?



 ですが!

今日をもって彼女は引き釣り下ろされるのです!

幕引きです!

周囲のほとんどは私の味方。

ひっくり返る事は無いはず。幸い、魔力の痕跡は無し!

有ったらいけません。私魔法使えないですし。

可憐で知性あふれる私がひっそりとこっそりとしてきた集大成が始まるのです!

さあ!マリー・べキュー・バリー!

このまま幽閉されてくださいまし!



「――ですので!彼女は殿下に相応しくないのです!」



 決まった――。

証拠と言う証拠をかなり論理的に突き詰めて、誰にでも分かりやすくしました。

商家の令嬢である、シャルロットのお墨付きです。

勝ちました。勝利です!

拍手喝采確実です!

私の3年間が報われる瞬間が!



「アンネ・ビシソワーズ!君がまさかそんな人とは思わなかったよ。最低だ」

「……へ?」



 え?噓でしょ……。

かなーり分かりやすく砕いて説明しましたのに。

普通の方なら泣き出す所ですが、私は柔じゃないのです。

殿下を支えるのですから、しっかりと保たないと!

諦めの文字を辞書で引くときではありません。

この場が騒然している今だからこそ、もう少し具体的に。

ここで追い詰めれば!



「殿下!ですから、マリー・べキュー・バリー様は……」

「もういい。マリー、大丈夫かい?」



 わざとなのかそうではないのか、涙を流すマリー。

皆様、マリーに同情の目が行ってる。

まだ大丈夫。

落ち着け私。

まだ証拠はある。

物的な証拠も証人もいる。

周囲は味方だ。



「証人も証拠もあります!」

「見苦しいな、アンネ。君はそんな人ではないはずだ」



 引き下がるな。

まだ早い。まだ。

焦らず、落ち着いて。

アンネよ、息を整えるのです。



「いい加減にしろ!貴様、殿下の言っていることが分からないのか!」



 そう言うのは法務大臣の息子であるブランシュ・アンシャン様。

規律や法に厳しいお堅い彼が味方とは。どうやって落としたのでしょう?

これでは私が不利ではないですか。

希望は他の方にあります。大丈夫です。

ちなみに殿下のご友人は顔も性格もイケメンしかいません。

不思議ですね。



「ブランシュ様この方は」

「この方は潔白ですよ。あなたの言う証拠はむしろ出所が怪しすぎる」



 やがて、彼女の周囲に集まるのは名だたる家の者たちが。

都合よすぎでは?



「マリーちゃんは悪くねえ!」



 そうおっしゃるのは、王家の騎士として最強。

そして王国全ての騎士を取りまとめるランスロ・シュヴァリエの子息であり、将来騎士団を取りまとめるだろう息子のローラン・シュヴァリエ。

筋肉質ながらもしまった体は実践的と言っても過言ではありません。

まあ、彼もマリーに惚れているのですからやっかいです。

ちなみにシュヴァリエと名乗れるのは当代の方に認められてからだそうです。

名乗れなかったら?その時はルシヨンと名乗るそうです。面倒ですね。



「一体彼女のどこが悪いんだい?そんな荒唐無稽な事言って。本当は嫉妬しているからでは?」



 出ましたね。取り巻きその4。

法と武力の次はええ、金です。

豪商から貴族へとして成り上がったエペ・ローブ。

彼は徴税人の筆頭。

あ、徴税人とは王国が民衆や貴族から法に則り、国の代わりにお金を巻き上げる事です。無から有は生み出せないのです。

その代わり、巻き上げたお金は国をよくするために工事や軍備を整える事や時には貯めている食料を開放するなど多岐にわたります。

ただし、逃れるとかなり重い罰が待っています。処刑された方も居ますし。

おっと。逸れました。

彼はすごいですよ。詐欺の才能があります。

ですけど、話術も殿下より少しだけ、少しだけお上手でしたね。

浮いた話がとても多い方でしたのに、彼女に惹かれる何かがあるのでしょう。

落ちついてくれたのは安心です。




「どうしてお姉ちゃんをいじめるの……?」



 後は言わずもがな。

この子供はかの有名な中央教会の神官ミトラ・カロッタの子である、バルクス・カロッタ。

可愛いですが、魔法が使える子です。

魔法とは、マナを集めて、自身で行使する呪文を唱えられる者の事です。

凄いですね。これが貴族たる、王家たる所以。

私は使えないですが、家柄で何とかなっている状況です。

おっと。

私、あなたのおしめ変えた事あるのですが、覚えてないみたいです。

時は残酷ですね。



 私は追い込まれました。

周囲に目くばせするも、動いてくれません。

目をそらし、拳を握る者も多く居ました。

声をかけた人たちです。きっと何か握られているのでしょう。

泣くな私。

目頭が熱い。



「どうした、泣き落としか?」



 あれ?なんで?

どうして。泣くなアンネ。

けど止まらない。

足に、膝に力が入らない。

立て。立つのだ。

ここで倒れてどうするの。



「ここに今!ルイ・セ・モアはここに居るマリー・べキュー・バリーと婚約することを宣言する!」



 拍手が聞こえる。

やめろ。

そこに居るのは私だ。

やめろ。

隣に居るのは私だ。

やめろ。

祝福されるのは私だ。



「そして!アンネ・ビジソワーズを追放とする!」



 嗚呼、殿下の見たことのない明るい笑顔が彼女に。

私にだけ向けられるものなのに。

言葉を私は無理やりにひねり出す。

そうだ。

こういう時にこそ、笑わないと。



「……おめでとうございます、殿下」



 悲しい。

私の時間は何だったのか。

今はただ、虚しい。



「来い!」



 兵士に囲まれ、私は馬車へと連れられる。

兵の一人に尋ねると、家財はもう私の行く辺境の地へ送られたそうだ。



「アンネ様!アンネ様を離せ!」



 私の信頼できるシャルロットが叫ぶも、周囲に居る兵士に止められる。



「ついでにその方もご一緒に連れて行って下さいます?」



 マリーが兵士の一人にそう告げる。

手際よくシャルロットも縛られ、私の後ろへと連れられる。



「シャルロットは悪くない!連れていくなら私だけでいいでしょ!」

「あなたの手元に居る時点で同罪でしてよ」



 見下したように言って。

もう終わった。

終わったのだ。

抵抗虚しく、彼女の手によって私は死んだ。



「殿下。愛していました」



 誰にも聞こえない様に、私はそうつぶやく。

馬車の扉が閉まった。




――ナロウ歴1785年 3月頃

王国第一王子――後の第14代目となる国王ルイ・セ・モアはアンネ・ビジソワーズに対し、謀反の罪を理由に追放。

辺境の地へと移送となる。

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